「せやから、チョコは?」

ほれ、そうせかすように左手を広げて突き出す白石にげんなりと顔を歪める。先週からずっとこの調子だ。バレンタインデーはもうとっくに過ぎたというのに彼は毎日チョコをくれと急かしてくる。それも私の妙な口約束のせいだと彼は主張するのだ。

「だからもう今年からは無理だって・・・」
「そんなん認めへんで!毎年チョコもらう約束したやんか」
「もう何年前の話よ!」
「何年も前の話でも約束は約束や!こればっかしは譲らんで」

むすっと頬を膨らませる白石にこんな姿クラスの女子が見たら卒倒してしまうな、と苦笑する。小学校から毎年この時期にあげているチョコを今年は残念ながら用意していないのにはわけがあった。
のしりと背中にかかる重みに、やってきました。と心の中はざわつく。頭上から不機嫌そうな声が漏れた。

「部長、しつこいっすわ。人の彼女に何やってんすか、訴えますよ」
「どこに訴えるつもりやねん、俺が却下したるで」
「ちょっと、二人とも・・・」
「そもそもアオは財前の彼女以前に俺の親友や!!!」
「親友とか言うても下心が見え見えなんすよ、大人しく親友サンは引き下がってもらえません?」

バチバチと音がしそうなほどにらみ合い凍てつく空気に冷や汗が浮かぶ。
私を挟んで行わないでほしいものだ。私と光が付き合いだしてからというものの白石はずっとこの調子で何かがあるごとに光に喧嘩を売るようにちょっかいを出している。
白石とは確かに仲が良く大切な友達ではあるが、私が光と付き合ったことによって私と白石の関係も、白石と光の関係も変わりつつあるのは頂けないことであった。

「わかった、わかったから一回二人とも落ち着いて!」
「何がわかってんねん、アオは黙っとれ!」
「あ・・・すみません」
「ちょい、人の彼女に何怒ってんすか。威嚇するんやめてもらえます?」
「してへんわ!」

これではきりがない。
飛び火が酷く恐ろしいのだがここで引き下がるわけにはいかない。私は仲のいいテニス部が好きなのだ。

「わかった、白石。君にチョコをあげよう」
「!!ほんまかアオ!やっと俺の魅力に気が付いたんかっ」
「!アオさん、正気っすか?俺のこともう飽きたんすか、俺を捨てるんすか」
「そういうんじゃなくって!ちょっと待ってね」

悲しそうなセリフとは裏腹に真顔の光の頭を少し撫でてから自身の制服のポケットをがさごそと漁る。キラキラと輝く目で私を見つめる白石にふふん、と少し笑った。

「はい、これ」
「・・・ブラックサンダーやん」
「今年のブラックサンダーは一目で義理とわかるをうたってるんだよ」

ハッピーバレンタイン。そう言いながら白石の手にそれを握らせる。
私の常備おやつがこんなところで役に立つとは思わなかった。まさかこれで落着するとは思わなかったが少しでも大人しくなってくれれば万々歳である。

「よかったすね、部長」
「・・・ま。今年はこれで満足したる・・・」

思いのほか嬉しそうに笑う白石と満足げに息を吐く光におや?と目を丸める。
半分くださいよとちょっかいをかける光は楽しそうだ。まさかブラックサンダーにここまでの力があるとは。じゃれる二人の姿を眺めながら幸せなバレンタインだなあ、としみじみと思う。二週間近く過ぎているけどね。
窓の外でちらつきはじめた白い雪に、わあと声を漏らした。


おわり