堕ちてくればええと思った。
どこまでも、どこまでも。俺の手に届くその距離まで。


『蔵、…光が』

震える声で俺の名前を呼ぶアオに胸がきゅうと締め付けられる。小学校から大学に上がってまでもずっと隣にいた大切な幼馴染。失いたくなくて手を伸ばすこともできなかった俺は、相談役なんてお似合いな立ち位置で甘んじる他なかったのだ。

「アオ、少し飲みすぎちゃう?」

「んー、…」

「あーあ、寝たらあかん。ほら帰るで、立って」

意識はほぼない。机に突っ伏したアオの姿に腹の内のドロドロしたものが吐き出しそうになる。
細くて柔らかい髪の毛、長い睫毛、小さな肩。全てをめちゃくちゃにしたい衝動に駆られるもそれをぐっと飲み込んでアルバイトの女の子にお勘定、と声をかけた。




「っん、…く、ら…」

吐息交じりに俺の名を呼ぶアオに欲望が渦巻く。俺の冷えた指先がアオの熱を持つ身体を滑る。脈打つ首元をなぞれば身体は面白いくらい大きく跳ねた。

「っ、ダメ…だよ」

「なにがあかんの?ボタン緩めとるだけや、静かにしとき」

ブラウスのボタンをひとつ、ふたつと外していく。
露わになっていく肌に、こういう事は初めてでもないのに緊張からか指先が震えた。もどかしい指先に舌を打ち、そんな焦る自分にハッと気がついて苦笑を漏らす他なかった。

「…アオが、悪いんやで」

俺をこんなにも狂わすアオが全部いけないんや。細い首に唇を落としていく。鼻をくすぐるのは油とタバコの匂いが混じった居酒屋の匂いと、アオの匂い。自分の中のどうしようもない感情が燻り今にも爆発してしまいそうなのを飲み込むように首筋に強く吸い付いた。

「…」

赤く鬱血したそれにぞくりとした。俺の下で意識半ばでいるアオ、こんなの許させるはずがない。でも、自分を抑える事もできそうにないのも事実。身じろぐアオになぜだか涙が浮かんできた。

「…くら、ないてるの?」

「…泣いてへんよ、大丈夫。泣かへん」

「そか、よかっ…た、」

俺の頬をつたう涙を拭って、笑ってそう言うアオがどうしようもなく愛しくて、大好きで、大切にしたくて。すぐに聞こえてきた静かな寝息に肩の力が抜けていく。三つ目まで外したボタンをひとつ閉めて布団をかけた。

「ずるいなぁ、」

意識飛ぶまで飲むのを止めなかったのも、意識半ばで手を出そうとしたのも全部全部アオが俺の元まで堕ちてくればええと思ったから。浮気を繰り返す最低な財前に他の男に逃げる最低なアオ、そして全てを分かった上でアオを手に入れるために手段を選ばない最低な俺。誰が一番最低で狂っているかなんて、そんなのどうでもいい。俺の元にアオが堕ちてきてくれればそれだけでいいのだ。
隣で眠るアオの髪の毛を梳く。そのまま布団に体を沈めさせて、眠れるはずもなかったが暗闇に身を任せようと瞳を閉じた。

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