「んで、何やってんの?」

ガラ、と音をたてて開いた戸に動きは止まる。布団の中で足を絡ませ、私の頬や額、唇にまで上からキスを落とす最中であった蔵ノ介は、特別驚いた様子も見せないままに横目で声の主である彼を見やる。私はというと、この位置から彼の姿は見えないものの情けないことに、その聞き覚えのある声に一瞬にして血の気が引いていくのを感じていた。

「なんや、随分早いお帰りやな。今日は女連れてへんのか」

「んなことよりさっさとそこどいてくれます?誰の女の上のっかとるんすか」

「ほお、所有欲だけは一丁前やな」

覆いかぶさったその状態のまま余裕気に挑発するような事をつらつら述べていく蔵ノ介。彼がいるおかげで光の顔は見えないが、ちらりとその影から見えた光がどしどしと布団を踏んずけながらこちらへ向かってきているのがわかった。
布団を乱暴にひっぺ返されて外気が肌に触れる。まだおっぱじめる前だったので2人ともTシャツに短パン姿と見れるものであったのが不幸中の幸いか、しかし光はそんな点など全く目に入らないというような冷たい瞳で足から舐めるように視線を滑らしただただ私を見つめていた。
ひっ、と情けない悲鳴が漏れてしまうのが蔵ノ介に聞こえていたのだろう、一度ぎゅっと強く上から抱きしめると上体を起こして私と光の間に立ちふさがるように光に向き合った。

「わからんかなあ、こっからは恋人同士の話し合いをするんで部外者は出てってもらえます?」

光の至極面倒くさそうな声音に泣きそうになる。正直言って蔵ノ介に今出ていかれて、この部屋で光と二人きりなったらと思うと気が気じゃないし落ち着かない、泣きそうだ。
さみしかった、とか構ってほしかったとか。言い訳はいくらでも出てくる。あなただってたくさん浮気してきたじゃない、お互いさまだよなんて、逆切れもできる。それでも、きっと光を前にしたらそんな言い訳や逆切れは通用しないし聞く耳なんて持ってくれやしないだろう。そんな風にこの後の私にとっての悲惨な状況がなんとなく想像つくものだから怖いのだ。
逃げるように、光から私を庇うようにして間に入る蔵ノ介の服の裾を掴む。どうか出ていかないでほしい。此の期に及んで、今まで心の拠り所になってくれていた蔵ノ介に甘えることしかできなかった。

「・・・別れ話ならここでしたらええよ、そんで財前は他の女の元へ。アオはこのまま俺の女になるっちゅうのはええ話ちゃう?」

「く、くら・・・それ、は」

唐突に蔵ノ介の口から出た別れ話の単語に思わず掴んでいた裾を引っ張っていた。
今更なにと言われてもわがままだと言われても自己中だと言われてもおかしく無いけれど別れたい、わけではないのだ。こんな状況でさえも守ろうとしてくれている蔵ノ介には申し訳ないけれど、その選択肢は私の中ではほぼゼロに近いのである。

「アオの気持ちなんて日頃から聞いとるからわかっとる。わかった上で言ってんねん」

「な、んで」

「そんなん、」

そこで詰まる蔵ノ介。揺れる瞳と、ここからでも聞こえてくる唾を飲み込む音に彼は一体なにを考えているのか、全くわからない。優しいだけの彼、私の茶番に付き合ってくれていただけではないのか。私のあまりの醜さに耐えかねてその大元を断ち切ろうとしてくれているのだろうか。なんにしろ、私には彼の考えている事がイマイチわからなかった。

「なぁ、もうええ?あんたらの茶番に付き合ってる暇ないねんけど」

「・・・蔵ノ介、ごめん。」

光のイラついたような声にこれ以上引っ張ってもいい事などなに1つない事を悟る。この場から逃げることは不可能、蔵ノ介に逃げることも自分から断ち切った。ごめん。その一言に蔵ノ介は一瞬酷く悲しそうに顔を歪めた方思うと仕方ないな、と言うように笑みを浮かべて優しいてのひらで私の頭を撫でた。まるで先ほどの泣きそうな顔は幻だったかのような、柔らかな笑みだ。それだけを残して、蔵ノ介は静かに部屋を去っていった。部屋に残された私と光。言葉はない。
そういえば光も浮気して私に見つかった時、一度だって逃げたことはなかった。別にそれが良いことというわけでも素晴らしい事というわけでもないし褒められた事でもないのだが、見苦しくはなかった。
やけに堂々としてるから、私はいつも困ってしまっていたのだ。ずるい。悪い事をしているのは光だったはずなのに、私はなに1つ咎めて反省させる事もできず。結局自分も同じ罪を犯して、今度は私が咎められるのだ。とても意地が悪いとは思う。思うが、ずるい。

「ひか、」

「・・・」

無言で目の前に腰を下ろす光に言葉は詰まる。思いつく限りの言い訳の数々は喉に引っかかったまま音にはならない。無言で私を見つめる光はふとポケットから携帯を取り出すとおもむろにシャッターを切ったようでカシャ、と無機質な音が嫌に静かな部屋に響いた。

「ええ顔。そのままぶち犯してやりたいわ、罪悪感の中アオはどんな声で鳴くんやろなぁ」

「っ、何を…」

「部長に触られた所を、女の匂いぷんぷんさせた俺が触るのって超エロない?アオがわけわかんないまま犯される顔想像してみ、ゾックゾクするわぁ」

楽しそうに話す光の目は笑っていなかった。
露出した肌に光の冷たい指先が這う。ひんやりとしたその感覚に肩を震える。彼の名前を呼ぼうとしても声が震えて言葉にならない。怖い?否、この感情は今日はなんかではない。お腹は熱くドロドロとしたものが渦巻いていた。

「まあ、まさか部長んとこに逃げ込むとは思わんかったけど。それは計算外やったわ、これも愛ゆえって思えばええかな…もちろん簡単に許したりはせえへんけど」

たくさん許しを乞えよ。私の上に跨り顎を掴む光に瞳が揺れる。私を見つめる光の顔はとても綺麗で。これからどんなことをされるのか、それを考えると信じられないほど背中がゾクゾクとした。その得体の知れない感覚に、ああやっぱりおかしいのは光だけじゃない。私も同様おかしいのだと気がつく。
私たちはきちんと好き合っているのだ。それがどんなに歪んだ関係だろうとも。
噛みつくようなキスが2人の距離をゼロにした。


END