純粋ココロ
8月上旬。
今日の外の温度は36度
エアコンの設定温度は28度・・・だったはずが26度に。
その首謀者はただいま、俺の隣でアイスを食べています。
「あっつ、マジあっちー」
「温度下げたんだから、暑くないだろ」
パラパラと雑誌を捲りながら何気ないように呟く。
本当のところ何気なく、ないんだけどな。
サイフの中に入っている2枚のチケットを思い浮かべ、ハアとため息を吐き出した。
今週の日曜日。さて、どうやって誘うか。
「それ今まで外にいた人間に言うセリフじゃねーよハヤトさん」
あっちー、と言いながら夏服のワイシャツをパタパタするアオは俺の高校の後輩でもあり、そして恋人でもある。
結構長い付き合いになっているせか遠慮は全くない。
そう、遠慮は全くないのだが・・・
「そういえばさ、今度田中にさ遊ぼって誘われたー。ほら、覚えてる?田中」
「ああ、田中か。・・・誘われたのか」
恋愛事となると話は別だ。
お互いが奥手なせいかキスなんて数えるほどしかしたことないし、手をつなぐことさえ困難だ。
勿論二人きりのデートなんて論外。確か最後に行ったのは1ヶ月前の遊園地だったか。
公園くらいなら一緒に散歩することはあるものの、正式なデートなんてものに誘うことは・・・ほぼ、ない。
「・・・」
「・・・」
なんだ、この妙な沈黙は。
まだ誘ってもいないのにバクバクと心臓が煩く脈打つ。
誘え、今誘わないでいつ誘うって言うんだ。
スウ、と静かに息を吸い込んだ。
「あのさ」
「え、あ・・・え?な、何、どうしたの?」
珍しくアオの動揺する姿を視界に入れながらなんて切り出そうか、・・・もういい。
言うもん言ってスッキリしてしまおう。
そう意気込んで今、まさに言おうとしたときだった。
「・・・あ。」
聞き覚えのある着メロの音に目を丸める。
音楽とともに振動を繰り返す携帯は、アオのもので。
すまなそうにごめん、とアオは言うと遠慮なくその場で携帯に出た。
・・・はあ。
なんか、もう今ので一気に力抜けた。
「はいもしもし、・・・あ。田中?」
田中。
その聞き覚えのある名前にピクリと反応を示す。
なんとなくアオと目が合った。
「えー、うん。・・・ああ、そうなの?」
それからしばらくは雑談が続いたようで、時折楽しそうに声を上げながら笑うアオになんでか胸がモヤモヤした。
この年になって嫉妬とか。恥ずかしいにもほどがある。
カラカラ笑いながら電話の向こうの田中に静かに嫉妬の念を抱いた。
「え、今週の日曜?」
「、」
気が付けば、身体が動いていた。
アオの返事を待たずに電話をアオの手から抜き取る。
それを耳に当てれば、聞き覚えのある後輩の声が聞こえてきた。
「もしもし、今週の日曜は無理だ、あきらめてくれ。わかったな?」
『は?え、ちょっとアンタ誰・・・』
「ハ、ハヤトさ・・・」
「じゃあな」
相手の返事を待たずして、通話終了ボタンを押す。
呆気に取られたように俺を見つめるアオに、今更ながら俺は何やってんだと自責の念にとらわれた。
「・・・急に奪って悪かった。」
「い、いや・・・別に大丈夫、だけど」
視線を彷徨わせるアオの頭にポン、と手を置く。
ビクリと身体を震わせるアオについ眉を寄せる。俺は、何やってるんだか。
困惑している様子のアオを見つめ、そしてそっと彼の名を呼んだ。
「・・・今度の、日曜日。もし暇だったら、遊びに行かないか?」
「・・・え?」
余程意外だったのか、目を大きく見開き、今なんて?と聞き返すアオに
コレ、とサイフの中にしまってあったチケットを差し出す。
大学の友人にもらったものだということ。
ずっと誘いたかったということ。
嫉妬したということを全て話した。
そして、一緒に行ってくれないかと。
「ハヤト、さん」
本当に、嬉しそうに笑うアオ。
そんなに、誘ってもらえることが嬉しかったのだろうか。
久しぶりに見た、満面の笑みに俺は顔を赤く染めた。
「マジ大好きです!」
「・・・俺も、」
8月上旬。
室内温度は26度
それでも、俺たちの顔は赤く火照っていた
END.