きゃんでぃーレイン
『あめをあげる』
夢の中で、少女が泣きながら笑う。
真っ暗な空が走るような光を帯びながら唸り声を上げた。少女はそんなことを気にも留めずに小さな掌の上に乗っかった赤い包み紙を差し出す。
なんて既視感なんだろう。お願い、泣かないで。キミの気持ちはいたいほどわかるから。
『あめ、あげるから、』
俺は、キミを許すから。
『おねがい、・・・くうちゃん』
キミも俺を許して。
*
「しら、っ・・・ぅ、ぐ・・・」
頭をぶつけてしまったのだろうか。
頭を押さえつけながら地べたで身を丸めるアオにあわせるため膝を折り曲げて目線を近づける。
恐怖からか目に涙をためて苦しそうに喘ぐアオに、ぞくりと背筋に電流が走ったかのような感覚に見舞われ思わず口元に笑みを浮かべればアオは歯をならして涙を流した。
「ご、ごめ、ごめんなさ、ごめんなさっ・・・」
「もうアオちゃんのことは許したゆうとるやん。せやからもう謝らんといて?」
「ひ、・・・し、しら、白石く、・・・ん、ぐ」
床に投げ出された手を容赦なく踏みにじればすぐに彼女の表情が苦痛へと変化する。瞬間じわりと胸の奥で広がっていく熱、熱、熱。ああ、これや。これがあるからやめられへんのや。
彼女の、この表情が俺の欲情をかきたてて仕方ないのだ。
「しら、しらいしくん・・っ、は、・・・ふ」
「苦しい?」
キュウ、と彼女の小さな鼻をつまみ尋ねる。
口だけで必死に呼吸を繰り返すアオがかわいくて。愛しくて。つい、意地悪をしたくなってしまう。
「は、は・・・ぁ、ん・・・ぅ、ん・・・っ、」
唇を合わせ片手は彼女の鼻に、そしてもう片手だけで身体を抱きしめる。
堅く強張った体をさらにきつく、固めるように転がる彼女を上から覆いかぶさるように胸へと閉じ込めた。
「ん、ぁ・・・っは、は、」
「ん・・・った、ぁ」
嫌な音とともに口内に痛みと鉄の味が広がった。
反射的に離れた身体に伴って、酷く咽る彼女は口からも目からも体液を垂れ流していた。羞恥も無く取り繕うこともせず、ただ生きるために必死に酸素を取り込むその姿は例えようがないほどかわいくて唆る。…かわいいんだけども、今のはよろしくないなあ。
口内に溜めた鉄分と涎をペっと吐き出して口元を拭う。ちょっと可哀想やけど、これもアオのためやから。
「悪い子にはお仕置きせな、あかんなあ」
「ゃ・・・あ、し、しら、やだ、やだ、ごめんな、ごめんなさいっ、ごめんなさい・・・!」
「・・・そない泣かんといて・・・?あんま煽られると、抑え効かへんくなる」
優しくアオのやわらかい髪を撫でれば。涙をためた瞳で見上げてくるアオにドキリと心臓が鳴る。けれどそんなに俺も甘くないんや。心を鬼に。ごめんなあと心の中で呟き、ベチンと音を立ててアオの先ほどまで叩いていたせいか少し赤くなった頬をもう一度叩いた。
◇◆◇
side*change
夢を見た。
地面に這い蹲りながら、私を見上げ泣きながら雨に打たれる少年の夢。
『なんで泣いてるの?』
『ぅ、ひっく・・・ぅ』
目にいっぱい涙をためる少年はどこか見覚えのある顔で。だけど、誰だろう。わからない。
膝を折り曲げ、目線をあわせればビクリと大げさに肩を震わせる少年に首を傾げる。一体、何をこんなにもおびえているの?
『ごめ、なさ・・・ごめんなさい、ごめんなさい』
そこで気がつく。
この子、身体中怪我だらけだ。
頬には擦り傷。幼稚園の服から覗く細い小さな手足も血や青痣でいっぱい。
それに目を見開き、身体を固めた。
『ごめんなさ、・・・ごめんなさい、』
―ごめんなさい。
不意に、何かが重なる。
ああ、私。この子を知っている。そう、知ってるじゃない。
私の掌から、飴玉がポロリと落ちた。
*
「アオちゃん、泣かんといて」
グイ、と血と涙交じりの頬を親指で拭う白石くんに少し目を開く。
本当にツラそうに表情をゆがめる彼は先ほどまでの彼とはまるで別人のよう。
なんで、なんであなたがそんな顔するの?
喉をさっき潰されたからか、何か言葉を発しようとしても空気の擦れる音だけしか出てこなくて、ヒリヒリと喉が痛んだだけだった、
「雨、降ってきたなぁ」
「・・・」
音が、雨の音だけが二人の間に流れる。
視線を外さずに優しく頭を撫でる白石くんから視線を外せない。
不意に白石くんは苦しげに笑みを浮かべると唇を寄せてきた。
「し、ら・・・ん、っむ、ぅ」
優しく、だけどきつく上から抱きしめられて頬に何か温かいものが伝う。
私の涙か、白石くんの涙かはわからなかった。だけど、とても悲しくて。切なくて。
唇をなぞり、割って入ってきた異物に眉を顰める。口内に広がるのはどこか懐かしいりんごの味。
あれ、どこで食べたっけ。コロリと白石さんの口内から移って入ってきた小さな飴玉にやはり記憶を刺激されたのだった。
END