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だってと空仰ぐ捻くれ者


!相手視点

彼女なら。
そんな淡い期待を持ち始めたのは何時のときからだったっけ。
もう何年もともに過ごしてきた彼女へと告げる、俺の秘密。
彼女なら。
そう、淡くて確信のない期待へ縋り付くように口の中で呟く。
彼女なら、真実を知っても・・・俺から離れないで、いてくれる―。
どうか。
ぐ、と力を込めて拳を作り―それを机の下に隠して、雑誌へと視線を滑らす愛しい彼女の名を呼んだ。


「何、どうしたの急に?」

暖房をつけていたにも関わらず、少しだけ冷たい手を掴んで階段を下っていく。
がちゃり。玄関の扉が開く音に一瞬だけ足を止めた。

「ファイア?」

「あわせたい人がいるんだ」

階段の途中。首だけアオを振り返ってそう告げれば首を傾げ、何かを考える様子。
親にも、友人にも既に面識のあるアオが考えるのは一体誰、だろう。
もしや新しい友人か。はたまた親戚か。・・・もしかして、新たに出来た好きな人、って奴だろうか。
大体彼女が考えるのはこんなもんだろう。少しだけ不安の色に顔を染めて恐る恐ると言ったように誰?と尋ねる姿に少しばかり胸の鼓動が早くなる。
数年付き合っても、冷めることのない恋心に少し感心。ああ、可愛い。大好きだ。

「俺の、兄貴」

「え?」

驚きに目を見開くアオから視線を外す。
なぜこんなにも彼女が驚いているのか。理由なんて簡単だ。俺が今までずっと一人っ子だと、言ってきたから・・・である。

「え、だって、ファイア一人っ子って・・・」

「ファイア?」

アオのセリフを遮るようにして響く、俺と彼女以外の・・・第三者の声に身体を強張らせる。
気がつけば、繋がれていたはずの手は離れていて、今更繋ぎなおすのも変だろうか。と未練たっぷりな視線を場違いながらも彼女の手へと固定して、彼女の表情を見ないようにと視線を逃がした。

「え・・・嘘、レッドさ」

嘘なものか。
若干15歳にしてカントーチャンピオン制覇。
若き天才と呼ばれ、瞬く間にテレビや雑誌で顔を広めていった実の兄はあれから3年経った今でもその実力を衰えさせず、否以前よりも格段に上がった実力で各地の強者へと挑んでいた。
そんな兄、レッドの存在は俺にとって苦としかならなかった。
所謂器用貧乏というやつで、一通り何でもできるよう生まれたが、しかしなにをやっても兄には敵わないせいかいつでも比べられ、育ってきた。
何もかもを持って行く兄。全てを俺の手に届かないところへ奪っていってしまう兄。
今までたくさん我慢してきた。ならば、せめて。唯一愛した彼女は。彼女だけは。

「・・・取らないで、くれ」

呟いたセリフは届かずに、ただ自身の口の中で震えて消えた。

「ファイア、もしかして、」

「レッド。・・・俺の、兄貴」

見たくない。けど見たい。―彼女の、反応を。

「兄貴。・・・俺の彼女」

逃げるように後ろを振り返って兄の顔を見据える。
いつもどおり変わることのない表情を貼り付け俺と、後ろにいる彼女を見比べる兄。
すぐ後ろで息を詰める音が聞こえてきた気がした。

「っ、アオです!」

身体が、心が一瞬にして凍りついた。
その声を聞いてしまえば、わかってしまう。
彼女が今どんな表情をしているのか。どんな気持ちなのか。
今まで何年ともに過ごしてきたと思っているのか。大好きで、愛していて。いつでも考えていた。なんでも知りたかった。
だけど、こんなことまで知りたくなかった、なあ。

「・・・」

ペコリと会釈をする兄の姿を視界から消す。
ああ、どうか。どうかお願いします。
俺の傍から、離れないで。

END