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タトエバ


「ピカチュウ、おいで」

いつもだったら駆け寄ってくるのに
いつもだったら抱き着いてくるのに
ピカチュウはその場から動かない。
ピカチュウは小さく、一つだけ泣き声を漏らしてその場にうずくまった。

ピカチュウとの距離に、差し出した手をゆっくりと下ろす。
真っ白な個室に、点滴でつながれた俺。
皮膚には赤い斑点が浮き出る。呼吸器官は細く縮こまり呼吸をするたびにヒュウヒュウと喉が鳴っている。
昨日まではこんなじゃなかったのに。
今日だって昨日までと同じように生活できると思っていたのに。

「ピカチュウ」

細かい毛がノミが垢が俺の穴に吸い込まれてそこを塞ぎだす。
そしてすべてが暗闇に。光は消えた。なくなった。ああ、まだ理解できない。

母は言った
そのネズミを捨てて来いと。
父は言った
時が経てば全て解決すると。

母に言いたい
10年間のパートナーをそう簡単に捨てられるか。
父に言いたい
解決とはピカチュウのことを忘れられるということだろう。

パートナーであり
兄弟であり
親子であり
好敵手であり
親友だった

かけがえのない大切な存在が

「ピカチュウ、」

俺の手の中から消えてなくなるなんて
考えられるか

白い白衣を着た男が告げた病名にはてながとんだ。
は?おい、だって俺たち今までずっと一緒に暮らしてきて、それで、それでもなんでもなくって。
今更アレルギーなんて。そんな、馬鹿じゃねえの、だって、だって。


「失礼します」

病室の扉がノックされてから作業着姿の男が二人入ってきた。
その手には持ち運べるくらいのサイズの籠。
瞬時に彼らが何をしに来たのかを理解して顔から血の気が失せていった。


―たとえば、すべてが夢だとして。
全てが作り話で、今日も俺とピカチュウは二人で笑って生活していて。
たくさんのポケモンを倒して
たくさんのトレーナーを倒して
全国制覇っていう夢を達成できたら、どんなに幸せだったんだろう。

人は失くしてからそのものの大切さに気がつくっていうけれど
なんて愚かなんだろう。
例えば、俺がたくさん泣いて泣いて泣き叫べばピカチュウが戻ってくるなら
毎日10時間神様に請えば戻ってくるなら
大切なものをすべて投げ出せば戻ってくるなら

ああ、例えばなんてあるはずないのにな。
個室で腕で目を覆って静かに涙を流した。


END

ある日突然重いアレルギー症状が出てしまった男の話