明後日の方向に缶蹴り
「最近、誰かにつけられてるみたいなの」
両手にもったマグがかたかたと震える。驚いたように目を丸めるトーマは私たちが通う大学で知り合った友人である。
トーマは口にもっていきかけたコーヒーのマグをそのまま机の上においてどうゆうこと?と真剣なまなざしで私の問いかけてきた。
「ここ・・・2週間くらい。はじめはただの勘違いかなって思ってたんだけど、でも、たぶん、」
私怖くて、そういう口が震えるのが自分でもわかった。カタカタと手も口も震える。一人暮らしの私に、そういった類のものはきついのである。
トーマは眉間にしわを寄せて何かを考えているようだったがしばらくするとやさしく微笑んだ。
「アオがよければ俺んちしばらく使いなよ」
「え?」
「絶対手とか出さないって約束するし、一人暮らしの家に帰るよりは全然ましだろ?」
まあ、もしかしたら俺んち止まるほうが危ないかもしんないけどね。そう言って笑うトーマに目が奪われる。ああ、本当に優しい。本当に、馬鹿みたいにお人よしなんだから。
「・・・とーま、ありがとう。頼っていい?」
少しうつむきながら、先ほどまでとは別の意味で震える声で呟くように言う。
トーマは私の頭を優しくなでながら当たり前、というのだ。もっと早く俺を頼って、とも。
「ありがと」
深く、うつむく。トーマに今の顔なんて見せられない。
だってだって、笑いがにやけが止まらないんですもの。こんなにこんなにこんなに簡単に行くだなんてああ本当に馬鹿なのねお人よしなのね、私もうトーマから離れられないよ。
ゆっくりじっくりと、トーマに近づいていくからあなたの心に入っていくから。何も知らないで気が付かないで、いてね?
END