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01

「出てけ」

乾いた部屋に溶ける女の冷たい声。無情にも下された審判にあら怖い、と顔を硬ばらせる。
シーツの下は何一つ纏っていない生まれたままの姿でそれは隣で何も言えずに固まる男も同様である。2時間くらい前に居酒屋で出会った名も知らない男。まさか彼女がいるなんて聞いてなかったし、まさか鉢合わせの可能性があるということも知らなかった。知ってたらこんな行為してなかったかと言われれば、まあそれは別の話なんだけど少なくとも家には来なかったよね。
まあそんな感じで怒りの絶頂にある彼女さんは般若のように顔を歪めて、一向に動こうとしない私の腕を無理やり掴んだ。

「いたっ、ちょっ力強くない?!痛、痛い痛い!」
「うるさい!早く出てけ!」
「わかったわかった、出てくから服だけ…」
「いいから早く出てけっつってんだよ!」

おおこわい。口悪く声を荒げる彼女さんに口を尖らせながら男に視線を移せばその顔は真っ青だ。可哀想に、悪いのは全てそのちんこだというのにね。精々頑張ってねの意を込めて真っ裸のまま、脱ぎ散らかした服を拾い荷物を抱えて綺麗にウインクを残してあげる。それに気がついた彼女さんは更に激昂。そんなつもりなかったんだけど火に油を注いだみたい。これ以上ここに居ても刺されるかしかないのでさっさとワンルームの古いアパートを後にする。玄関先で履いて来たハイヒールを拾い、全裸のまま玄関の扉を開けるとまだ三月の冷たい風が素肌を撫ぜた。

「さっ…ぶ」

瞬間粟立つ肌に慌てて下着を着ける。乱雑にスカートを履き、セーターを被ったところで先ほどよりは見た目的にも防寒的にも大分マシになった。スマホを取り出して時刻を確認すれば現在は午前3時。終電なんてとっくに終わってるし、タクシーで帰るしかないか。財布財布、と鞄の中を漁って見つけ出したブランド物のそれの中を開けば。

「は?」

ちょっとちょっと、千円もないんですけど。
小銭が軽く数えて100円玉が1.2…4枚と10円玉が…3枚?430円とか今どきタバコも買えないよ。
待って私なんでこんなにお金ないんだろ。ものの数時間前のことを思い出そうとしてもろくな記憶が残っていない。友達と、途中参加のあの男と馬鹿みたいに飲んだのは覚えてるけど支払いは…記憶が…。

「あ〜馬鹿馬鹿…1万入れてたのに…」

男が参加するとわかってたらお金なんて半分以上置いてきたよ。しかしこれ以上ぐちぐちいってても仕方ない。行方もわからない私の1万円の事は忘れる事にしよう。さて、これからの帰りの事だけれど。

「げ、充電いっぱー…」

あいにく酒で失敗しすぎてキャッシュカードとクレジットカードは深酒する予定の日は持ち歩かない事にしてるし、今日は朝まで飲むかどこかに泊まる予定だったから尚更タクシー代なんて持ってきてない。いってしまえば1万円がタクシー代込み込みだったんだけど。それに無事宿を見つけたと思えばまさかこんな時間に追い出されるとは誰が思うか。
とにかく。充電が切れてしまう前に次の宿かお金を調達しなくてはいけない。この辺に住んでいるかつ、こんな時間に起きている知り合い。そして肝心なのはここ、今先ほどセックスしたのでもうお腹いっぱい、セフレはやだ。ということで。ふむ、と少し考え込んでスマホの連絡先欄をスクロールしていく。

「これだ。」

電話帳では上下セフレに挟まれた、貴重な何も関係を持っていない男の子。大学の時のゼミの後輩である。私はとっくに社会人だが彼はまだ大学生だったはずだ。大学生ならばこんな時間に起きてる可能性も捨て切れない。お願いね、と一度スマホにキスを落としてから通話ボタンを優しくタッチした。

「…」

耳に押し当てたスマホが冷たい。無機質な呼び出し音が鼓膜を震わせる。少しでもバッテリーを持たせようと両手でスマホを温めるように握る。出てくれ頼む、縋るような気持ちでスマホを握る手に力を込めた。

『…はい』
「!もしもし?謙也くん?」

よかった出た!予想通り電話口の向こう側は騒がしく雑音混じりであるのにほっと息を吐く。いや、こううかうかしてられない。さっさと用件を伝えなければ。そう気を取り直して、ヒールに足を通しながらコートを羽織った。

「こんな時間にごめん!充電切れちゃうから簡潔に言うけど、終電逃しちゃってお金も今持ち合わせてないんだ、もし近くにいたらお金かしてくれないかな?駅前で待ってるか…」

もしくは私がそっちいくから。そう言葉を続けようとして、反応がない事に気がつく。反応というか、電話口の向こう側の騒音が消えた。
絶望に突き落とされたような気分だ。信じたくない気持ちでいっぱいになりながらスマホの画面を見つめる。真っ暗でうんともすんとも言わない、ただの鉄の塊へとなりさがったそれは最早役立たずの他ならない。なんて、こう、ついていないんだろう。思えば私の人生なんて今に始まった事じゃなく、はじめからそうだった。いつもいつもタイミングが悪かったし運も悪い間が悪い。そんな私自身、どこか詰めが甘くて全てを逃してきた。手に入るはずだったものは数え切れない。こんな男にだらしなくなってしまったのだって…別に後悔なんてしてないけど…。
次第に浮かんできた涙にぐすりと鼻水をすする。とりあえず駅前に行こう、もしかしたらもしかするかもしれないし、誰かしら人がいたらお金かしてくださいって頭下げることもできる。こんな人んちの前にいたって仕方ないもん。
男も、追い出した彼女も厚かましくも恨めしく思いながら鞄を肩にかけ、ヒールを鳴らしながら階段を下る。まずここどこよ、自分の情けなさに涙を流しながら電柱に記された住所を確認してほっと息を吐く。よかった、歩けなくはない距離みたいだ。よし、がんばれ私。一度頬を軽く叩いて目を覚ます。酔いは完全には抜けていないがこれくらいが丁度いい、駅を目指して暗い夜道を歩き始めた。



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