暗やみの刹那

「レオ、ン…なんで、」

腕に抱えた収穫したばかりの野菜が地面へ落ちて行く。大切に育てたそれらが落とした事によって傷んでしまう事なんて今はそこまで頭が回らない。すっかりどこかへ抜けてしまった力は、野菜を抱える事はおろか地面に直立する事さえも困難に思われた。

「アオ、ごめん」

レオン。口の中で再び呟いたその男の名は何処からか聞こえて来た爆音に掻き消される。村の方だ。黒煙が上がる空に絶望が身体を支配する。まさか、そんな、嘘だ。どれだけ信じたくないと目を背けたくて、逃げ出したくても目の前の出来事が全てを物語る。レオンの謝罪の一言が俺に真実を突きつけた。

「お前、そんな、暗夜の、」

「第二王子、レオン。今まで黙っててごめん」

「王子、?」

自らを暗夜の王子だと名乗る彼は記憶にある暖かな笑顔なんて何処にも見当たらない、その端正な顔に表情はなく酷く冷たい。我が白夜王国の敵であり悪逆非道と名高い暗夜王国の、王子。突然この村に現れた俺の知るレオンは、全て偽りだったというのか。

「偵察に来ていたんだ」

「…この村が、暗夜と白夜の境にある村だからか」

「…いつか、白夜に攻め入る時には必ず落とさなければならない地点だからね」

レオンの言葉に意図せずぶるりと身体が震えた。冬を目前としたこの季節の川辺は水の冷たさが空気をも冷やす。なのにも関わらず額には脂汗か冷や汗か嫌な汗が浮かび、じとりと背中が気持ち悪い。
この川辺は村から離れているというのに、焦げた匂いや人びとの叫び声や悲鳴が風に乗って此処までやって来ている。正直泣きたい。いきなり現れた身元の知れぬ余所者といえどレオンは数年に渡りこの村へ通い人びとの信頼を得ていたし、年が近いということや話が合うという所から俺とレオンが仲良くなるのにはそんなに時間は掛からなかった。友達といえる関係だと、勝手に思っていたんだ。

「村の人たちは…」

「残念だけど」

「なんで、」

微かに、声が震えた。
武装したレオンは俺の前に立ちはだかる。その傍らには黒い馬、逃げ切れるとは思っていなかったし逃げるつもりもなかった。何よりレオンは片手に魔導書を装備している、きっと背中を向けた時点で彼は躊躇なく攻撃してくる。もう少し動揺すべきなのかもしれない。命乞いをすべきなのかもしれない。しかし俺の知るレオンは偽りで、暗夜の王子である目の前のレオンが本物なのだとやけにすんなりと理解してしまったのにはきっと、彼の熱のない瞳に全てを悟ってしまったからだった。

「もう、いい。…殺せ」

震えていたはずの身体はいつの間にか、平常を取り戻していた。殺されるという恐怖に打ち勝ったわけではない、ただの諦めだ。暗夜王国という抗えない大きな侵略者を前に力のない俺たちは何もすることはできない。ふっと悲しそうに揺れたレオンの瞳になぜ今更そんな顔をするのかと口をつぐむ。何も言わず、開かれた魔導書に村の人々のことを思い描きながらゆっくりと瞳を閉じた。

「…殺さないよ、アオ」

瞳を閉じ、最後に聞こえたレオンの声は直後身体に伝わる衝撃でうまく聞き取れなかった。
ストンと綺麗に意識が落ちる。闇に落ちていく手前、旧友の泣きそうに笑う姿が浮かんで、消えた。


おわり



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