お伽話はバッドエンド

多分きっと、バチが当たったんだと思う。
全て手に入れようとした傲慢さが神様にバレて、そんな奴の手元には何も残してやらないと、全てを取られてしまったんだ。

大切だったもの、全てを手元に残していようとしたのはそんなにダメなことなのか?
店も、あいつも、全て失ってしまった俺に、なんの価値があるというんだ。偽りの自分ばかり見せ続けてきた俺に、何が残るというんだ。


「瑛くん、?」
「…アオ」
「どこ行ってたの?なんで、何にも言わずにどこかに行っちゃったの?わたし、ずっと、瑛くんのこと探して、」
「アオ、ごめん」

そう、一言謝ると泣きそうな顔をして、口を噤むアオは言いたいこと全てを必死に飲み込んでいるようにも見えた。
そんな顔をさせたかったわけじゃない。でも、そんな顔をさせてしまったのは俺だ。俺のせいでアオは傷つき悲しんだ。
肩を震わせてついには嗚咽を漏らすアオに胸が締め付けられる。自分で傷つけたのに、俺がこんな顔をさせているのに、酷く傷ついたアオの姿を見るのはとても辛くて、見ていられなくって、目を伏せてしまった。

「アオ?何やって…お前、佐伯…」
「…針谷」
「コウ…ごめっ、」

待ち合わせをしていたのか、俺とアオの前に現れた男の姿に一度口を噤んで、それから彼の名前を呟くように口の中で呼んだ。
高校の同級生だった針谷は相変わらずだったし、こいつが何故ここにいるのか、それさえも察してしまって心に陰が落ちていく。
当たり前だ、高校の時から針谷は俺にも、結局アオにも言わなかったがアオのことが好きだったし何より一番に想っていた。そんな彼が、傷ついたアオを放って置くはずがない。そばに寄り添い支えてやるだろうと、俺はその時からわかっていた。針谷がいるから、針谷になら任せられると勝手に思って、アオから逃げだしたんだ。

針谷は信じられないようなものを見るような目で俺を見つめること数秒、肩を震わすアオの姿に気がつくと、ぐっと奥歯を噛み締めて握った拳に力を込めて言った。

「なんで、お前がここにいんだよ。今更、なんでこいつの前に現れたんだよ…!」

絞り出すように言うその台詞に、心臓を鷲掴みにされたような、そんな苦しさを覚えた。それはまるでアオの心の内の代弁だ。傷ついたアオを守り癒そうと、きっと針谷はずっとアオのそばに居た。ずっと隣にいて、やっと卒業から半年が経ってようやくアオは前に進めようとしていたのに、俺が現れてしまったんだ。
アオを傷つけた張本人の俺がのこのこと現れればそれは針谷も黙ってはいられないだろう。何故、と声を震わせる針谷に、俺は返す言葉が見つからなくて、視線を落とした。

「どこか、行ってくれ…こいつの前に、二度と現れるな、!」

俺はなんて不恰好なんだろう。
アオの前から姿を消して、逃げた俺になにができる?針谷は今更と言ったがその通りだ。今更、何故、俺は。

「…ごめん」

どこまでも、俺は惨めだった。
ここで針谷に何か言ってやって、無理やりアオの手を取って走り出してたなら。珊瑚礁のある丘まで駆けて行けたなら、きっと俺は今までの全てを話して謝って、そしてまたやり直したいと、そのチャンスをくれと言えた。言えるはずだと思っていた。…全て、涙を流すアオを前に脆く儚く崩れていったのだけれど。

「ごめん」
「瑛くっ、」
「…ごめんな、アオ」

涙をいっぱいに溜まるアオに、小さく笑う。
できると思った。けど、出来ない。俺にはその一歩が踏み出せなかった。

さようなら、俺の人魚。お伽話はバッドエンドだ。

もう会うこともないであろう彼女に、俺は背を向け歩き始めた。


.END



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