heart break
「アオ」
彼の名を呼ぶ。その名前を口にするだけで心臓はどきりと高鳴るのだから面白いものである。
教室の窓から差し込む夕日の光に照らされる級友の姿が明るく眩しくてつい目を細める。微かに聞こえてくる寝息の音を確認して、机の上で無防備に寝顔を晒すアオの、閉じた目にかかった前髪を優しく指先でどかした。
「そろそろ目ぇ覚まさんと、おいてくで」
口の中で呟くように発した言葉は小さく、アオの寝息の音にかき消されるほどだった。これじゃ例え浅い眠りだろうが、起きていようが聞こえるはずがない。そうだ、本当はまだ起きなくていいと思っているから。もう少し彼の休息に付き合わせて欲しいと思ってしまっているからこそ、この声の大きさなのだ。
あどけない寝顔はいつまででも見ていられる。彼が毎朝はやく登校して、授業も居眠りなどはせずにきちんと真面目に受けていることは友人である俺が知っている。だからこそ、起こしたくない。この睡眠は1日を頑張った彼へのご褒美なのだ。
「お疲れ様」
さて、彼が目を覚ますまで何をしようか。
すぐ隣の席に腰を下ろして寝顔を見つめる。頑張り屋で真面目な大切な友達。彼の一番近いところにいたいから、すぐ隣で彼の青春を共に過ごしたいから俺は何もしない。俺は、ただの友達でいいんだ。彼の1番の友達でいられるならば。
(本当は、俺は)
全て、寝息がかき消す。
夕焼けが照らし出す青春は、言いたいことも言えないただ隣にいることだけが幸せな、退屈な時間だった。
おわり
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