love A
「僕、彼女は作らない主義なんです」
そう言って困ったように笑う安室さんに心臓はきゅっときつく締め付けられた。
私のアルバイト先でもあるカフェ、ポアロからの帰り道のことだった。バイト先の先輩でもある安室さんは夜道は危ないからといつも自宅まで送り届けてくれる。
今日もいつもと変わらない帰り道になるはず、だったのを壊したのは私の方だった。
「なんでか、きいてもいいですか?」
「立場柄、というのが大きいですが…こればっかしはどうしようもないもので」
立場柄。彼の言うその意味は部外者である私にはなんとなくしかわからないけれど、なんとなくはわかっている。安室さんのお友達のコナンくん。そして警察の方々と危ない人たち。詳しくは知らないけれど、安室さんとその人たちはどんな関係なのかを直接詳しく聞こうとはしないし、安室さんもそのことについて話をしようとはしない。
季節を追うごとに段々と一緒に過ごす時間が増えてきた私たちはお互いの話をすることだってたくさんある。それでもその話が話題に出ないことについて、私はそれでいいのだとひとりで勝手に思っていたのだった。
「今はいらないって言った方がよかったかな?」
「…でも、もしも好きが溢れてしまったらどうするんですか?」
「好きが溢れる?」
目を丸める安室さんは覚えたての言葉のようにそれを復唱した。我ながら少し恥ずかしい物言いだったかもしれない。照れから少しだけ目を伏せる。それでも私はその言い回ししか思いつかなかったし、それにそれが一番しっくりくる。
歩みを止めて私と向き合う安室さんは街灯に照らされて金色の髪の毛がきらきらと輝いていた。
「人の気持ちってそんな簡単に抑えられるものではないと思うんです。安室さんはもしかしたら気持ちを殺すのが得意なのかもしれませんが…でも、辛くないですか?」
「…はは。辛いことなんて、ないですよ」
「大切な人を巻き込む以上に辛いことなんてない、ですか?」
乾笑いを溢す安室さんは目を見開き口を閉ざした。彼のことは生い立ちも、兄弟も、小学生時代も知らない。知らないことだらけだけど、好きな食べ物や休日の過ごし方くらいなら知っている。
言いにくいことを言うときにごまかして乾笑いを溢すのだって一緒にいる中で気がついた。
知らない安室さんを少しずつ知っていく中で、私はこの人のそばにいたいと思ってしまったのだ。
「私、安室さんが好きです。どんな事情があって、何を抱えているとかわからないです。無理に教えてとも言いません。でも、私は安室さんの隣にいたい」
「アオさん」
「好きです、気持ちは押し殺せそうに、ないです」
何も言わずに立ち尽くし、それから少し困ったように眉を寄せて私から視線を外す安室さん。
震える声で伝えたこの気持ちは安室さんに届いただろうか。届かなくてもいい、知ってくれればそれだけでよかった。
何も言わないまま夜空を仰ぐ安室さんに釣られて私も空を仰いだ。星は見えづらかったけれど、月は大きく光り輝いていた。
「ごめん」
一言、呟くように謝った安室さんに視線をずらして、
「わっ、」
「好きが溢れる、ってこういうことなのかな」
ぐい、と腕を引っ張られたようで視界はブレて気がつけば安室さんの腕の中に閉じ込められていた。
安室さんの匂いと体温に、一拍の間を空けてから状況を理解して一気に顔に熱が集まっていく。
どういうこと?信じがたい事態に頭は混乱してどうしようもない。耳元で私の名前を囁く安室さんに心臓はより一層早鐘を打った。
「あーあ。これは予定外です」
「あ、むろさ」
「僕、本当に恋人は作らないようにしてたんです。誰のことも好きにならないようにして、大切な人は作らないようにしてた」
ぽつりぽつりと呟くように話し始める安室さんに黙って耳を貸す。
夜道の静かな空気が安室さんの低い声に震えていた。
「いつからしくじったかなぁ。気がつけばあなたがどうしても頭から離れなくなった、手遅れでした」
「…」
「突き放すこともできたけどそうしなかったのは、やっぱりあなたが好きで仕方なかったからなんだと思います。あなたがいう、好きが溢れて殺しきれなかったんです」
僕はダメですね、そう腕を緩めて笑う安室さんに目は奪われる。
「好きです、アオさん。貴女は僕が守る、必ず。」
「っ、はい」
まるで夢のようだ。なぜだか溢れ出てきた涙に安室さんは笑ってそれを拭ってくれる。安室さんとなら、少しずつお互いを知り理解していくことも、どんな窮地に追いやられたとしてもやり抜くことも、なんだってできる気がした。
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