厄介なそれ
ヒロはそれを好きという感情だと言った。好きな相手とはキスをするのだということも。
昔からの友達でお互いの知らないことなんてない、俺たちはそんな関係だった。本で読んだ、物語の世界の親子より、兄弟よりも俺たちは近くて、大切で。
「…すき」
好きだと言う意味はいまいちパっとしないが、なんとなくそれはわかるような気がした。イチゴと談笑するゴローの背中をぼんやりと眺めながら、ずっと昔から自身の中に芽生えていた感情に、確信に近いものを悟ってため息をつく。
好き、とは特別らしい。他の誰でもない、ただ一人に抱く特別な感情。高揚したり落胆したり、ドキドキしたり、ソワソワしたり。
「アオ」
名前を呼ばれると、心臓が跳ねたり。
「ゴロー」
「ぼーっとしてどうしたんだ?考えごと?」
「…まぁ、そんなとこ。ヒロが言ってたこと、思い出して」
「キスの話?」
「好きって、どんな感情なんだろ。誰か説明して欲しい」
ベンチに腰掛ける俺の隣に腰を下ろすゴロー。
仲間の誰よりも高い身長は俺が追いつく暇もないみたいにどんどん伸びているみたいだ。俺だって、ヒロよりは大きくなったし、ゴローをいつか抜かせるんじゃないかって期待はしているんだ。
ゴローは少し考えるように腕を組むと柔らかく笑った。
「特別なんだ。」
「ゴロー?」
「特別で、大切で、その人が幸せなら自分の気持ちなんて簡単に殺せる。そう思ってた」
「…」
「そんな簡単なことじゃ、なかったんだけどな」
悲しそうに笑うゴローに胸が締め付けられるような感覚を覚える。息苦しいそれに顔をしかめた。
わざわざ説明を求めなくたってわかっていたはずなのに、俺は馬鹿みたいだ。
そんな顔、するなよな。ゴローの見つめる先には少女が一人。彼の胸の中にはきっと、イチゴでいっぱいなんだろう。同じように、俺の中にもゴローでいっぱいなように。
「好き、って厄介だな」
この気持ちに名前が付けられた時から、結末は分かっていた。俺はイチゴのようにひたむきになれないし、ゴローのように素直にもなれない。ヒロのように受け入れることもできない。何もできずに、目を背けるしかできないのだ。
ああ、やっぱどう足掻いてもお前は俺にとって特別な存在なんだ。苦しそうに笑うゴローに、心臓が痛いくらい締めつけられた。
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