4/12(木)


窓からは暖かな春の日差しが差し込む。
換気のために少しだけ開いておいた窓の隙間からは、この陽気とは反してかなり冷たい風が流れ込んでくる。
ここ2、3日は先週と比べてかなり暖かくなってきた。そのせいか昔からある、庭の桜の木についていた緑かかった蕾も、ようやく淡いピンクの花を咲かせていたというのに。今日はなんと気温の低いことか。
小さく身震いをして、空気の循環のおかげですっかり冷え込んだ室内を見渡して窓を閉めた。


「ほんでな、今週末東京の方にいかなあかんねんけどな」

何かお土産欲しいのある?私のベッドの上で、自分だけ布団に包まりながら漫画のページを捲ってそう話し出す謙也に一瞬動きを止める。

確か今週末は・・・。謙也の言う日付に何か思い当たる節があって、慌てて机の上にある卓上カレンダーを確認した。いつだかの雑誌の付録でついてきた、可愛らしい子猫がじゃれる写真の下に小さな数字が並んでいるものだ。相も変わらず見えにくい。けれどその上の子猫たちが可愛くて、どうにも捨てるに捨てられないでいた。

決して私の視力が悪いというわけではなかったのだが、その数字の小ささに溜まらずカレンダーを手に取る。
今日は木曜日。来週の月曜日はなんと祝日だ。しかし問題はそこではない。なんの変哲もない金曜日の次の日、土曜日についた赤丸をなぞる。その赤丸が教えてくれるのは、その日は私にとって特別な日だということだった。

「…週末っていつから?」

「んー金曜の夜から」

金曜の夜。そう答える謙也の返事に、不機嫌に顔が歪んでいくのが分かった。
返事を返さずに黙り込んでしまった私を不思議に思ったのか、謙也は私に目を向けると、まるで呆けたように目を丸めた。なぜそんな顔をしているんだとでも言いたいのだろうか。
そうしてしばらく不思議そうに私の顔を凝視すると、続いてカレンダーへと視線を移して、そこで赤丸を視認した謙也は徐々に顔を青ざめさせていく。その表情は、声に出さないけれど、しまった。そう明らかに語っていた。

謙也は読んでいた漫画を慌ててベッドの上に置くと上体を起き上がらせ、ちゃうねん。と何やら弁解を始めたのだった。


「従兄弟の・・・前に話したことあったやろ?そいつんところいかなあかんくて・・・」

尚も続いて出てくるのは親が、とか約束で、とか聞きたくもない言い訳ばかり。嫌気がさして椅子に腰を下ろす。
忘れていました、とは決して言わない。今だってきっとカレンダーの赤丸に気が付かなければ、何も思い出しやしなかったのだろう。止まらない言い訳にも、価値観のズレにも、一緒にいるのにいないみたいな距離の遠さにも、もういい加減うんざりだ。

ここ最近なんだかこういった事が増えてきた。私と謙也の間に起こるズレ。はじめは小さな違和感だったが今ではその違和感が大きく膨れ上がりとても気持ち悪い。
私の様子を窺うように、じっとこちらを見つめる謙也に一度ため息を吐き、もう一度カレンダーに視線を移した。

「・・・わかった」

「お土産、東京バナナでええか?」

なんなら大量買いしてくるで、と取り繕うように言う謙也に、不機嫌になってても仕方ないかと喉元まで出てきていた不満を全て飲み込んで、そんなにいらないよと笑う。
そんな私の様子にほっとしたように笑って、またベッドの上に転がり漫画に視線を移す謙也をじっと見つめる。謙也はもうこちらには目を向けることはなかった。

換気したはずの室内の空気は、なんだか溜まらなく淀んでいるように感じて気持ち悪い。
空気、入れ替えないと。今一度窓を開けて新鮮な空気を室内に取り込む。

赤く丸がされた日、今週の土曜日は私たちが付き合い始めて3年が経つ記念日なのだ。

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