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いつかその日が来るまで。



中学、もしもお互いが歩み寄っていたら

中学に上がってからの事。小学校の終わりあたりから始まっていた、たび重なる嫌がらせにほとほと嫌気がさしてついに嫌がらせの発端である、幼馴染の蔵ノ介と距離を置こうと決心した日の翌週の事だった。
いつも通り学校に登校してすぐ、下駄箱では嫌な笑い声が耳をつく。じとりと無遠慮に向けられる視線と聞こえるか聞こえないかのもどかしい会話。クスクスと人を馬鹿にするような笑い方。全て気のせいでも自意識過剰でもなんでもない。確実に私に向けられた敵意と好奇の視線に居心地は最悪だった。始めはどうにかこの嫌がらせまがいの事を辞めさせようと直接抗議したりして行動してはみたがもう諦めた。キリがないのだ。蔵ノ介の事を好きになる女の子の数は計り知れない。それは中学に上がってからは尚のことであった。
これ以上嫌な思いなんてしたくない。自分が傷つかない方法なんて、たったの12年しか生きていない私には幼馴染の蔵ノ介を切り捨てる他、思い浮かばなかったのだ。

「…」

行きの時間、一緒に登校していたのもやめた。ノートの貸し借りも辞めたし、一緒にやろうと誘われた役員も他の子に譲った。極力関わらないようにと避けて避けて、一週間経った今は話さない日だってある。この嫌がらせもきっと時期に収まる。人の噂なんて簡単なものなのだ。諸悪の根源を切り捨ててしまえばすぐ楽になれるのだと、信じている。

「凪」
「!くら、」
「今日も置いてったやろ。家まで行ったんに凪のおかん、あら待ち合わせしてたんじゃないの?入れ違いかしら、もう出たわよーって。ほんま最近出るん早すぎや」

急いで追いかけてきた様子の蔵ノ介に呆れ気味にため息を吐く。ここまであからさまに避けても気がつかないだなんて。こんなにも鈍感だと逆に神経を疑うわ。
追いついてよかった、とにこやかに笑う蔵ノ介にふい、と視線を外す。まず追いついてないし。もう学校着いちゃってるじゃん。

「ちょっと凪ちゃーん?シカト?」
「…」
「顔怖なってるで、凪ちゃん怖い怖い」
「…蔵」
「おっ!なになに、どないしたの?」

こんな鈍感を相手にしていたらキリがない。上履きに履き替えてさっさと教室へ向かおうと散々構ってくる蔵ノ介を無視して廊下を歩み進める。
そんな私の後ろを性懲りも無くくっついてくる蔵ノ介。もしかしてこれって距離を置いてる意味ないっていうか距離を置いていない?

「あの、蔵…」

「あれ、1年の白石くんやない?」
「ほんまやね。隣のあの子って噂の…」


廊下の行く先にいる女子生徒達の会話の内容にはっとする。上履きの色からして一つ上の先輩だろう。蔵ノ介を見る目と私を見る目の違いと険しさについ俯く。大方蔵ノ介の事が気になっているか、好きか。向けられた視線に居心地の悪さを感じて、さっさと通り抜けてしまおうと歩くペースを早めた。

「あんま可愛くないなぁ、不釣り合いなのわかってないんやない?」

すれ違い様、嘲るように吐き出された言葉に口を噤む。的確な敵意を持って発せられた言葉。言い返すことなんてできやしない。私はただ黙って階段を登った先にある好奇の視線だらけの教室に逃げ込むことしかできないのだ。そんな惨めな自分が滑稽で、悔しくて悲しくて、でもそんな感情を殺すようにと唇を強く噛んだ。私は、自分の身を守る術を見つけたんだ。まだうまくできてないし結果もついてきやしないけど。他に何もいい案は浮かばない、その私の大切なひとつを捨てるという術に全てを賭けるしかできないのだ。

「確か、陸上部の先輩ですよね?部活の時間とかテニスコート、よう見にきてくれてますよね」

先輩達のクスクスと笑う声を背に足早に立ち去ろうとしたときだった。あろう事か、後ろを歩く蔵ノ介は先輩に声をかけ始めたのだ!嘘でしょ、この男鈍感どころかいつの間にか耳まで悪くなってしまったのか?まさか私への嫌味というか悪口が聞こえなかったなど、そんなはずはない…と思う。聞こえた上で話しかけるなど、無神経にも程がある。蔵ノ介にとって私などそんな程度の幼馴染だったと言ってしまえばそれでおしまいなのだが。
まさかの行動に歩みを止めて、目を丸めながら蔵ノ介を振り返れば、蔵ノ介は特に何も気にしていないような笑顔で立ち止まり、二人の先輩にぺこりと頭を下げて挨拶をしていた。

「覚えててくれたんやなぁ、嬉しいわ」
「毎度休憩のたび通ったかいがあるってもんやな」
「俺、人の顔覚えるん得意なんですよ」

私なんていないみたいに会話する三人にはっとする。そうだ、もともと私は蔵ノ介とは距離を置いていて、今だって蔵ノ介の話を全部無視していた最中じゃん。何をわざわざ私から反応しているのか、これでは本末転倒である。さっさと蔵ノ介も2人の先輩も無視して自分の教室へ行けばいいのだ。
心臓がキリキリと痛む。鞄を持つ手に力をぎゅと込めて踵を返した。

「せや白石くん。その子とは仲ええの?彼女っちゅうわけでは…」
「先輩。俺、噂に踊らされる人も、他人を傷つける人も苦手なんですよ」
「…え?」
「せやから。こいつにちょっかいかけるんはもうおしまいにしてもろてええですか?人って簡単に傷ついてまうんです、凪をこれ以上傷つけないでください」

蔵ノ介は背を向けた私の腕を少し強引に取って引っ張った。蔵ノ介の発した言葉に信じられない気持ちで振り返れば少し困ったように笑う蔵ノ介と、強張った表情の先輩たち。私の腕を掴む手は強くて温かい。先ほどまでの悲しみや悔しさなどの負の感情を全てかき消すほどの衝撃と、なんだかよくわからない感情に胸はいっぱいだ。
先輩二人は何かを蔵ノ介に言っていたがその内容なんて頭に入ってこない。そのまま背を向けて歩いて行ってしまった二人の後ろ姿をぼんやり見つめながら、じんわりと滲む視界にあれ、と呟いた。廊下には二人だけが残された。

「ごめんな、凪。凪はずっと今まで一人で辛かったんに、俺なんもできんと見てるばっかやった。ほんまにごめん」
「なんでいまさら、こんな…」
「…このままじゃあかんと思ったから。凪が俺から離れるっちゅう決断したのに、気がついてもうたから。たくさん考えた、どれが凪のためになるか。大切な凪を守るためには何がええのかたくさん考えて、」
「私も考えたよ。たくさん考えたけど、これしか浮かばなかった。蔵ノ介と距離を置くことしかっ」
「俺は!…どんな理由があろうとも、凪を離しとうないねん」

それが俺の答えやったよ。
蔵ノ介は辛そうに笑う。私の言葉を遮って吐き出した言葉は胸に深く突き刺さる。まるで、愛の告白のようなそれに心臓は強く締め付けられた。

「…でも、私は、もうこれ以上…」
「…俺が守ったる。悪口言われたら俺が直接言い返しに行く。笑われるんやったらそいつに問いただしにいくし、もっと変な手紙とか、校舎裏とか呼ばれたら…もうどうにかする!…せやから。俺から離れるとか、もう言わんといて」

苦しそうに言う蔵ノ介。大切な幼馴染で大切な友人で、一番近いところにいた彼。お互いを無くすなんて考えられなかったあの頃を思い出して、目に溜まる涙の粒は廊下にぽつりと落ちて行った。

「もう、泣かせへん。絶対守ったる、そんな顔もさせへんから。せやから隣にいさせて、凪」

こんなの、まるで王子様だ。涙を見せまいと必死に口を結び何かに耐えるが、私の思いとは反して今までの辛さが全て流れていくように涙は浮かんでは落ちていく。私の涙を指ですくい上げる蔵ノ介に、ますます涙は止まらない。困ったように、それでもどこか嬉しそうに笑う蔵ノ介に、私は大切な幼馴染を無くさなくていいのだとはっきり理解して酷く安堵した。今声なんて出したら嗚咽で何を言っているかきっと伝わらない。小さく、それでも何度も頷いてみせて。もう、私から離れないで。いつかその日が来るまで。
そうして、私と蔵ノ介はこの選択をしたことでひとつ未来を変えたのだった。

△ ▽