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■ 逃げないで!白石くん

首筋に舌が這う。項に熱い吐息がかかり、まるでナメクジが這うかのようなその感覚に肌が粟立った。

背後から抱きかかえられるように腰に手が回され、その手は服の下を弄る。
腹を這いへそを擽り、思わずそのこそばゆさに身を捩る。そのままわき腹を伝って徐々に上の方へ上がってくる熱を持つ手のひらに、俺は碌な抵抗も出来ずほぼほぼされるがままでいた。

動く隙間もないほどの狭い空間に押し込められ、密着した体は熱くじんわりと汗をかいている。
なぜ、一体、どうしてこんなことになったのか。尻に固いモノが当たる感覚に気が遠くなり、ふといつの日かの記憶が呼び起こされた。

以前は俺の油断からあの忌々しい事件が起こったので今後は同じ轍は踏まいと、あれから十分に注意していたはずなのに。

一体なんでこんなことに・・・。
顔を青くさせ今から少し前の事を、この現実から逃避するように思い浮かべるのであった。


***


「いてっ」

飛んできたボールを受け止めるためにコートを蹴り上げてジャンプすると、横から同じようにボールを狙って飛んできた人物と大きくぶつかった。

そのまま体勢を崩して大きく尻もちをつく。
柔道の授業で習った受け身も咄嗟にはとることは出来ず後ろ手をついて頭だけは守るけれど、キャッチをしそびれたボールはコートを抜け、体育館の端の方へとコロコロ転がっていった。

ゲームは一時中断。それを知らせる審判の笛の音を聞いて大きく息を吐くと、熱を持ちジンジンと痛む自身の尻を労わるように優しく擦った。


「わーすまん高瀬!思いっきりぶつかってしもうた…立てるか?」
「大丈夫。俺もボールばっか見てたから……さんきゅ」

眉をへの字に曲げながら、床に座り込む俺の元へと駆け寄る忍足に苦笑を漏らした。
スポーツ中の事故なんてよくあることだし、バスケなら尚更、接触が多いスポーツな分仕方のない。

申し訳なさそうに何度も謝り倒す忍足に、いやこっちこそ悪い。そう苦笑しながら謝って、差し出された忍足の手を取る。
怪我がなくてよかったと安堵する忍足は俺の手を掴むとグ、っと力を入れて引っ張った、瞬間のことだった。

「いっ!!!!」手首に稲妻が走る。比喩でもなんでもない。まじで走ったのだ、稲妻が。ビリ、っと。強烈な痛みを携えて。


「えっ!?なっ、え!?」

俺の悲鳴にも似たその声に咄嗟に手を離した忍足は、心底驚いたようで素っ頓狂な声を上げて後ずさるように後ろへ下がった。

「高瀬…?」

何も言わず座り込んだまま固まる俺を心配そうに、伺うよう顔を覗きこむようにしておずおずと呼ぶ。
返事をしなければ。忍足の様子にそうは思うのだけれど、しかし今の俺には忍足の呼びかけに答える余裕なんてこれっぽっちもなかった。

一瞬にして全身の毛穴が開いて嫌な汗が浮かんだ。
手首を押さえながらも今は過ぎ去った稲妻が再来しないよう極力体の動きを押さえる。あまりに一瞬すぎたが確かに襲ってきた激痛に、今の夢じゃないよな…?と無意味に自分を疑うけれどもう一度動かして確認する勇気などはない。

まるでロボットのようにぎこちない動きでゆっくりと忍足を見上げて、情けない笑みを浮かべた。


「いやこれ。手首、やったわ」
「ああああ、すまん高瀬……!」
「…いや、なんか俺の方こそごめん、自分がこんなに弱い身体してるとは思わなかった…」

弱小とはいえ仮にも運動部に所属していて、日頃から運動をしているというのにただぶつかっただけで怪我をしてしまうこの脆さ。脆いというよりも手のつき方が悪かっただけなのだろうが大変情けなく思う。そもそも運動部なら受け身の一つや二つくらいマスターしとけよって話だよ本当。

忍足も忍足で俺に怪我をさせたことに酷く落ち込んでしまってるようで。
二人して顔を青くさせどんよりしていると、一向にゲームを再開させない事を怪訝に思ったのであろう体育教師がこちらの方へ近づいてきた。
もうこれはバスケどころではない、サッカー部の命、足をやらなかっただけまだマシか。

「お前らどうしたー」そう声をかけてきた教師に怪我しました。と、先ほどの痛みの恐怖から一ミリも動かせないでいる手首を肘から掲げ応える。
高瀬か。教師は確認するよう名を呼ぶと俺の腕に視線を落として、小さく頷いた

「そうか、なら保健室行ってこい。一人で行けるか?なんなら忍足、お前ついていってやれ」
「あ、はい。高瀬、立てるか」

気遣うように声を掛け手を差し出す忍足に今度は間違えないよう、怪我をしていない方の手でその手を取る。グ、と引っ張ってもらって立ち上がろうとした、時だった。

「先生。保健委員なんで、俺が行きますよ」


忍足の肩に手を置き、すぐ後ろから顔を出す人物にぎょっとする。チームでも対戦相手でもないその男…白石はいつこちらの騒ぎに気が付き、そして近づいてきていたのか。

忍足は白石を振り向いて、その際に取っていたはずの手は離れてしまう。立ち損ねた俺は床に座り込んだまま顔を強張らせ、その男を凝視した。

誰が、保健委員だって…?

彼は正に優等生のごとく、とても綺麗な笑みを浮かべると膝を折りたたみ、座り込む俺と目線を同じくさせて固まる俺に立てる?と首を傾げた。
あまりにも急に距離を縮められたせいか、全身の毛が逆立つような感覚が襲う。

「いっ、!ち、近寄んっ……先生、先生!俺、一人で行けます!から!」
「ほんまに?でも赤くなっとるし、段々腫れてきとるやん」

白石は至極心配するよう眉を寄せ、無理せん方がええよ。そう言って俺の肩に手を置いた。
肩に触れる熱にぞわりと鳥肌が立つ。触られている、その現状に大げさに肩が跳ね、ほぼ反射的にその手を振り払おうとする。しかしすっかり手首を怪我をしていることを忘れていたために(もう阿呆だと笑ってくれ)、手首にもう一度大きな雷が落ちて悶絶することとなったのだった。


「っ、!!!!」
「ああ、ほら無理に動こかそうとするから。大人しくしとき」
「そうだぞ、怪我人は大人しくしておけ。そんであれか、保健委員は白石だったか」
 
まずい。まずいまずいまずい!このままではこいつの策略通り二人きりになってしまう。

この間の事件を思い出して全身の血の気が失せていく。バスの中で痴漢まがい…否、紛れもなく痴漢行為そのものをされたあの日の出来事は記憶に新しい。
あの日から俺は一言たりとも白石とは会話をしておらず、というか半径5メートル以内にも近づかないよう心掛けていた。

なのに。それなのにこんなところで…。もう終わりだ、俺はケツを掘られてしまうんだ…。絶望で目の前が真っ暗になる。

そんな風に一人絶望する俺なんて気にも留めず、白石と体育教師となにやら話を進めている。その時点で既に一人で向かうという選択肢は潰されたも同然だった。

「まだ謙也は試合中ですし。俺行きます」
「確かにそうだな。忍足、お前は試合戻れー。白石は高瀬のこと頼んだぞ」
「はい、もちろんです。ほな、行こうか高瀬」

心配そうな顔をした忍足がかけてくれる声も、先生の周りに指示を促す声も、全て遠くに聞こえる。
白石は笑顔で俺の名前を呼ぶと手を取って立ち上がらせた。まるでそれが当然のことのように流れるようそっと腰の腕を回して支えるよう歩き始める。

腰に触れるその手は酷く熱く感じる。大丈夫?と心配するような台詞とはまるで正反対の、纏わりつくような視線に、痛みからくる脂汗とはまた別の嫌な汗が背中に浮かんだ。






「……」

手首を支え、何一つ言葉を交わさないまま授業中のために静かな廊下を歩く。
俺のすぐ前を歩く白石は先ほどから何も話そうとはしない。俺もまさか自分から話しかけるわけがなかったので二人の間には妙な沈黙が続いていて、ただ廊下には上履きを擦る音が響くのみだった。

「……」

いやいや、なんなんだよ。いつもは二人きりになった瞬間気持ち悪いほど話しかけてくるだろうが。
背筋をぴんと張り、正面を見据えるその後姿をジっと見つめながら、本当、こうしていればイケメンで優しくて勉強も運動も出来て、欠陥など無い、恐ろしいほど完璧な優等生にしか見えないのに。人間腹の内側では何考えているかわからないなとしみじみと思う。

今でも普段の白石の姿を見ていると、これまであった全ての事が夢じゃないかとさえ思える。
教室でのあの一件が起こる前までは、俺も他の奴らと同じように白石の事を完璧な優等生だと疑いもせずにいたし、もしあの時白石の秘密を知ることにならなければ、今でも俺は何も知らずに、白石をそう認識していただろう。

ただのクラスメイトで、それ以上でも、それ以下でも無い。
卒業した後ふと名前を聞いても、ああ。テニスが上手くて驚くほど完璧だったあの白石ね。と、きっとそうとしかならないだろう。
本当に、心の底から気持ち悪くて仕方がないけれど、それでも見方を変えると、あの白石に対して現在、そのような普通ではない感情を抱いているのはとても奇妙な事のように思えた。


そして結局、保健室にたどり着くまで一言も会話を交わすことはなかった。一体何を考えているのか、実に不気味である。
保健室の扉をノックをしてそのまま開く白石の後に続く。

「失礼します……あれ」
「?」
「先生おらへんな…」

とりあえず座り。そう言ってソファの背を叩く白石に一瞬どうしようかと迷うが、今ここで拒否をしてもどうにもならないし。白石が保健委員なのは事実なのだから指示には従うべきだろうと小さく頷く。
確かに先生の姿は見えない。ベッドのカーテンも全て開いていて現在保健室を利用している生徒は誰もいないらしい。

部屋の電気は点けっぱなしだったから、もしかしたらお手洗いかどこかにちょっとした用事で出払っているだけかもしれない。
少し待てば戻ってくるだろうか。
まあどうせ処置してもらって授業時間内に体育館へと戻っても、もう参加は出来ないのだからちょっとくらい待つのは全然構わないのだけれど。

手首を押さえたままソファに腰かける。
白石は床に膝をついて目線の高さを合わせると手首にそっと触れてきた。内心ぎくりとするが白石の手首の様子を確認する姿に下心などは見えなくて、その手を振り払っていいのかわからず、ただ口を噤む。
押したり、軽く曲げたり。痛めたときに感じた程強烈なものではないものの、若干の痛みに顔を顰めると白石はそれ以上手首には触れなかった。


「痛む?」
「……少し。でも、動かさなければ全然」
「捻挫やと思うけど。とりあえず湿布で応急処置しておこか」

そう言って立ち上がると引き出しの中から救急箱を取り出す白石に目を向ける。
保健委員って本当だったんだな、別に疑ってはいないけど。

救急箱から取り出した湿布、フィルムを外して手首にそっと張り付けるその手つきは酷く優しくて丁寧だった。

冷たくて気持ちいい。ずっと感じていた鈍痛はその冷たさで少し紛れていく。
動かしたらあかんよ。白石はそう言って微笑むとその場で立ち上がった。

「先生探し行ってくるわ、高瀬はここで待っとって」
「……」
「多分職員室やと思うから大人しくしとってな」
「……」
「…高瀬?」

一向に返事を返さない俺を不思議に思ったのか眉を顰める白石。それでも尚、俺は何も言えずに視線を彷徨わせたままでいる。

よくわからないけれど、何かが気にくわない。
漠然とした不満が自分の中にある。しかしそれがなんなのか、何故、何に不満を感じているのかは、自分でもよくわからないでいた。
そんな俺をどう扱っていいのか、俺以上にわからず困惑した様子の白石は、伺うように目線を合わせ尋ねる。


「体調悪い?」
「……いや」
「…んー。先生、呼んでくるな?」
「…ちょっと、待て」

そう呼び止めてから、何をやっているのかと自分に心底呆れた。
しかしわかったこともある。いつもはもっと、二人きりになればドン引く勢いで詰め寄ってくるのに、今日は嫌にあっさりしている。それで腑に落ちない。それが気にくわないとは言わないけれど、あまりに自分勝手ではないかと、確かにそう感じたのだ。

しかし、白石の態度がいくら腑に落ちないからって、わざわざ自分から引き留めるなんてどうかしている。
俺は白石を引き留めてどうするつもりだったのか。というか、何がしたかったのだろう。

呼び留められた白石はその場で立ち止まると俺の言葉を待つようにじっとこちらに目を向けて、真っすぐすぎるその視線に何故だか居た堪れない気持ちになってつい目を逸らす。


自分の感情がわけがわからない。なんで俺がこんな思いをしなければならないのかとついには怒りさえ沸いてきた。
今の状況から見たら完全に逆切れ、謎すぎる怒りだろうが、今までの経緯を考えると俺のこの感情も尤もだと思うんだ。

小さく息を吸い込む。
そうだ、俺は被害者だ。別に逆切れでもなんでもない、俺の怒りは尤もで悪いのはすべて白石、こいつだ。


「お前は、何考えてんだよ。全然わけわかんねえ、俺を振り回すなよ」
「高瀬?」
「どういうつもりで今まで…」
「……どういうつもりって?」
「……だから、…その、」

なんなんだよもう。今までは聞かなくたってペラペラしゃべってたくせに!
初めから歯切れは悪かったけども、結局白石からのその意地の悪い質問返しに困ってしまい、煮え切らない俺のその態度に白石はふ、っと笑みをこぼした。
なんだか完全に負けた気分だが敗北を感じている以上にむかつく。眉間に皺を寄せれば白石はおかしそうに笑って小首を傾げる。


「それ知ってどないするん?ただの好奇心?」
せやったら、高瀬は聞かない方がええんちゃうかな。白石は微笑みながらそう言って、もう話すことはないと言わんばかりに俺に背を向けた。

「ほな、行くから。待っててな」
「……」

何も返さず口を噤む俺の様子に、苦笑いを溢す白石。その背中を睨むようにじっと見つめる。
正直かわされると思っていなかっただけに呆けてしまったのだけれど、すぐにそんな答えじゃ納得できないと、ずるいと思った。
自分の気持ちを押し付けるだけ押し付けて、こちらからの問いかけにはのらりくらりとかわす白石は狡い。口には出さないしそんな素振りも全く見せないけれど、どこか怖がっているような、逃げる様なその後姿にグっと唇を噛む。

言ってしまえばもうそれは、ほぼ意地だった。


腕を伸ばして、白石の体操服を掴んで止める。
驚いたように振り返る白石にまだ話は終わっていないと湧き上がる怒りを隠しもせずに言う。
白石はそんな俺の姿を見止めると、少し苦しそうな顔をして、そして一瞬の間を置いてから距離を詰めるように座る俺のすぐ横、ソファの上に膝をついた。

話す気にでもなったのだろうか。一瞬期待に胸が膨らんで、そしてそれは俺の見当違いだとすぐさま思い知ることになる。


「しらい、し……」

距離が、近い。ソファに片膝をついて、背もたれに手をつく、その囲うような姿勢に嫌な予感がして、いやまさかこの流れでそんな、と自分の悪い妄想を笑い飛ばすように強張った笑みを浮かべる。しかしそれは妄想でもなんでもなくて。

逃げようと腰が引けている俺の、怪我をしていない方の手を掴んで背もたれへ押し付けた。
白石の前髪が目にかかっている。まっすぐに向けられたその真剣な眼差しに言葉を失い、ついでに逃げ道もどこにも見当たらず、先ほどまで感じていた怒りは何処へ。すっかり恐縮してしまう。


「あの、……」

恐る恐る声をかけても白石は何も答えない。
白石の瞳には情けない表情の俺の姿が反射して映っていて、その距離の近さに居た堪れずに逃げるように目を逸らした、直後だった。

「っ、ん」

おとがいを支えられ正面を向かされて、唇に優しく触れる。すぐ目の前にある白石の色素の薄い瞳と触れ合う鼻に、唇に当てられた柔らかいそれが白石の唇だと数秒遅れてからようやく理解して、体を硬直させた。
閉じた唇を白石の熱い舌がなぞる。そのまま唇を割って口内へ侵入してきたそれにようやく思考が動き始めたのだった。


「っ、!んん、ぅ」

熱を持った舌がまるで生き物のように口内を這いずり回る。舌に絡みつき擦り上げる、唾液が溢れ口の端を伝って落ちていく。きっとそれは体操服にシミとなって残っていることだろう。

抵抗する俺の手と肩を掴んで抑え込む、白石のその力は強かった。思うように力は入らず、びくともしないそれに俺はすぐ諦めるよう脱力してしまい、ただ唇を重ね合わせるだけ。

けれど、本当にそれだけだろうか。ふと疑問が浮かんで、すぐに沈む。
俺がすぐに抵抗を辞めたのは…怪我をしているから。痛めた手首を無意識のうちに庇おうとしていた。きっとそうに違いない。


貪る様に口内を犯すその熱い舌に下腹部が熱くどろりとした快感に疼く。
舌が絡み合うように、上へ下へと交わって、そのまま吸い尽くさんとばかりに奪われ、そして与えられる。頭がぼーっとして碌に働かないのは酸欠からか。痺れるようなその甘い感覚に溺れるよう、瞼を閉じた。


「ん、っ、…ふ、」

その舌先が擽るように歯列をなぞって、そしてまた絡み合う。鼻からの呼吸だけでは間に合わないほどの激しい動きに堕ちていくような感覚に見舞われて、咄嗟に縋りつくように白石の背中に手を回した。

「……、」

散々口内を犯した舌が唇をなぞって、そしてそれを最後に名残惜し気にゆっくりと離れていく。どちらのかもわからない唾液は糸を引き、ぷつんと途切れた。
肩で息をする。鼻と鼻が触れ合う距離で見つめ合い、白石の揺れ動く瞳にぼーっとしていた意識がようやく呼び戻されて、はっとした。
背中に回していた手を慌てて離してそのまま肩を押すと簡単に離れていく白石の、その熱に浮かされたような表情に思わず目が奪われる。本当に悔しいし認めたくはないけれど、とても綺麗だと。そう思ってしまったのだ。


「なに、す…」
「こういうこと。たくさんしたい。高瀬の可愛ええとこ、俺以外の誰にも見せたない」
「な、ん……お前、やっぱおかしいっ、」
「せやな。高瀬の言う通りやと思うわ」

真剣な表情のままその通りだと頷く白石にグっと息が詰まる。

「なんなんだよ、…否定しろよ、変態」
「せやけど、高瀬も気持ちよさそうやった」

白石の手がするりとズボンの中心部分を撫でるようにして触れた。そんな些細な刺激でさえも快感に置き換わって腰が浮く。
全身がカアっと熱くなる。そんなはずない、瞬時にそう思うが事実、白石の言う通り、己のモノは熱く熱を持ち膨らんでいたのだ。

「ち、ちが……っ、」

咄嗟に否定し逃げるように体を丸めるが、割って入るようにしている白石の身体がそれを許さない。

「っ、ぁ…ま、」

これまでの経験上、俺は多分快感に弱い。そして流されやすい。
頭では大音量で危険信号が鳴り響いているのに、既に今まで白石の手によって与えられてきた快感を体は覚えているようで拒絶反応どころかどこかで期待している自分がいるのだ。
最悪だ。はじめは白石の事が理解できなくて、気持ち悪くって仕方なかったはずなのに。いや今も気持ち悪いとは思うし理解も出来ないけれど、それ以上に白石から与えられる快感をどこかで望んでいる、なんて。

ソファに追い詰められながらも拒否するよう白石の胸板を押すけれど全くびくともしない。それどころか首元に鼻を埋め舌を這わす白石の、匂いがして、力が抜けていく。そうして俺の細やかな抵抗はものの数秒で終わることになったのだった。


「し、しらいし…、ダメだって、ほんと、」
「……」
「っ、ひ…ぁ、」

首筋をなぞり鎖骨をくすぐるように濡れた舌が這っていく。体操服の上から胸元をなぞり、そのまま立ち上がった乳首を抓られて反射的に腰が浮く。
ふとあの日のバスの車内での出来事が頭をよぎって一瞬だけ冷静になるが、しかしそれ以上にあの時感じた快感が白石の手によってもう一度与えられるのかと思うと期待で体が震えた。もう、なんだっていい。このまま堕ちてしまえ…。
現実を見ないよう、ただ与えられる快感を受け入れるために瞼を閉じた。

しかし、待ち望んでいた刺激はいくら待っても来ない。
首元に掛かっていた吐息も、身体に触れていた白石の体温も気が付けば離れて行く。ゆっくり瞼を開けると白石は真剣な眼差しで保健室の扉をじっと見つめていた。

「…なに、?」

「こっち」
「は、っえ!ちょ、」

突然立ち上がった白石に腕を引かれて立たされる。有無を言わせないままに背中を押されそのまま、箒が一本だけ入った古ぼけたロッカーに押し込められた。

何が何だかわからない。ついに頭がおかしくなってしまったのかと心配にさえ思う。
狭いロッカー内、箒の穂の部分を踏んで柄がロッカー内で暴れないよう、怪我をしていない方の手を壁について体勢を整えつつ足の踏み場に注意する。すると後ろから更に押し込めるようぎゅうぎゅうと背中を押され白石が入り込んできた。

無遠慮なその行為にさっきからなんなんだよ!と声を荒げそうになって、そして思った以上に近い距離まで詰めてくる白石に怒りも忘れて体を強張らせた。

「な、なに、なん……」

「しい。静かに」

白石はいつになく真剣な眼差しでそう言うと、後ろ手でロッカーの扉を閉めた。
使い古されところどころ錆びたロッカーに男子高校生が二人、寿司詰めのような形で入るその光景はなんと滑稽なものか。というか、こんな状況最近の青年漫画でも見ない。どんなドキドキシチュエーションだよ、まじで勘弁してくれ。と思うが直前までの行為を考えるとそう強く言えないのも事実なのが辛いところである。

白石に言われた通り口を閉じて暗闇をジっと見つめる。
するとほどなくして扉をノックする音が聞こえてきた。


「失礼しまーす。…あれ?誰もいない…」
「ほんとだ、先生職員室かな?」

扉を引く音の後に続く女子二人の声。保健室の利用者だろうか、心臓が大きく鳴る。おいまじかよ。息を殺して、出来る限り存在感を消す。この状況で見つかりでもしたら洒落にならない、よく白石も気が付いた。が、隠れる場所になぜロッカーを選んだのか。そもそもなぜ隠れる必要があったのか。

「ちょっと待ってようか、すぐ戻ってくるかもだし」

彼女たちの会話に絶望で血の気が失せる。もしこのまま保健医が帰ってきたとして、女子生徒たちの処置が終わったとしても保健医はしばらくこの部屋にいたとしたら。休み時間になって次々と生徒がやってきたとしたら。この状況から脱出するには誰もいなくなるのを待つしかないけれど、一体いつになるのだろうか。嫌な予感に汗を掻く。

そんな俺の気も知らず…というか、ロッカーの中の惨状を知らずに雑談を交わし始めた女子生徒達。
暗闇に目もだいぶ慣れてきた。顔だけ振り返って目線でどうするんだと訴えると、白石は瞳を細めて俺の項に顔を埋めたのだった。


「っっっ!!!」

熱い吐息が首にかかり、ぞわりと全身が粟立つ。いやなんでそうなるんだよ!頭おかしいのか?そう思うけれど声には出せないまま、白石の行動はエスカレートしていく。服の下に潜り込んだ手のひらが、まるでくすぐるように腹を摩り、そしてゆっくりと上へと上がって行く。そうして漸く冒頭に至るわけなのだが。

「し、ら…!」

耐えきれずに名前を呼ぶがあくまで小声で、だ。
しかし白石は手を止める事なく服の下を弄って行く。横腹を伝って脇へと指先が触れて、敏感なそこに身体が震える。そのまま乳輪をなぞって、乳首を弾いた。

「っ、ふ……」

声が漏れてしまいそうになるのを慌てて手のひらで抑える。本当に、シャレにならない。どうにかやめさせなければと思うけれどこんな狭い場所で、しかも後ろから抱きかかえられるような体勢で一体何が出来るんだというのが現状だ。

白石は事の重大さがわかっていないのか何なのか、特に何を気にするでもなく悪戯を続けていく。乳首を撫で、捏ね繰り回す指先に身体が震える。箒がロッカー内でぶつからないようにするのでいっぱいいっぱいな俺を尻目に白石は執拗に攻めたてた。

「っ、……は、……ぅ、っ」

尻に固いものが当たっている。
かくいう俺もこの異様な状況と少しずつ与えられる刺激に抗うこともできずにいたのだけれど。ロッカー内は二人分の熱気で、じっとりと汗が滲んだ。

「先生帰ってこないね」
「どうする?私探してくるからベッド借りて寝てる?」

外で話される会話にぎくりと体が強張った。ベッドで寝るとなると益々出るタイミングが無くなってしまう。例えカーテンを閉めたとしてもどうやってもロッカーの扉を開けた時に音は出てしまうだろうし、もしそうなれば詰みだ。
息を飲む。こんなところにそう何分も、何時間もいられない。頼むから、探しに行ってくれ……。そしてそんな願いが伝わったのだろうか、女子生徒の続く言葉に緊張の糸が解れることになる。


「私も一緒に探し行く」
「無理しないでね?職員室いってみよ!」

二人が部屋を出ていき扉が閉まる音を聞いて、ぴったりとくっ付く白石を肘で強めに押し返す。
するとガチャンという音共にロッカーの扉が開いて離れていく体温にホっと息を吐いた。

白石に続いてロッカー内から出て、深く息を吸い込んだ。新鮮な空気に滲んでいた汗が乾いて行く。白石は上機嫌な様子で案外早かったなぁと呟いて、俺はそのまま白石に詰め寄った。

「ふざけんな!!ってか、隠れるにしてもロッカーはないだろ!!あの子達が保健室出て行かなかったらどうするつもりだったんだよ?!」
「ベッドなんていつでも使えるやろ、ロッカーは男のロマンやし。それにロッカー内で二人抱き合ってるんが見つかったら最高やん、せやからロッカー選んだんやけど」
「っ、はあ!?わけわかんないロマンに俺を巻き込むなよ!つーかお前まじで変態だな!気持ち悪いわ!!」

興奮して声を荒げる俺に白石は瞳を細めるばかりで何を言おうともしない。ただそれだけなのにそれ以上が言葉に詰まって言えなくなるのは、白石のその目が俺を責めているように感じたからで。
そうだ、今回に関しては俺も途中からは流されるように白石のことを受け入れていた。白石ばかりを責められない、そう感じたのは俺の背徳感か罪悪感か。
妙な沈黙が続くのが耐えられなくて小さな声で話を続ける。

「そもそも、隠れる必要なんてなかっただろ。それもロマンかよ」

ロマンじゃないにしろどうせ下心、だとでも言うんだろう。聞いただけ無駄だったかとため息交じりにそのままソファに腰を落とし、それは…、と答えようとする白石を何の期待もなく見上げた。

「…あんなエロい姿の高瀬誰にも見せられへんから」
「は………」

口元を手で隠して顔を逸らす白石の頬は赤く染まる。呆気にとられる、とはこういう状態だろう、予想にもしていなかった返答に口をぽかんと開け、白石のその赤く染まった耳をただ凝視するのみだった。

一体俺はどういった気持ちでその話を聞けばいいのだろうか。誰か教えてほしい。
結局何と返していいのかもわからず、二人の間には沈黙が続く。それを突如として破ったのは、扉の開く音だった。


「あら?白石くん?」
「先生」

ノックもなしに扉が開き現れたのは保健医で、驚いたように少し目を丸めているが驚いたのはこちらも同じだ。

保健医はまずはじめに俺に目を向けて次に白石の姿を見止めると粗方の予想はついたのか、ちょっと待っててね、と自身のデスクに向かっていった。

「先生のこと待ってたんですが、」
「ごめんなさいね!ちょっと出払ってて。それでどうしたの?」
「高瀬が怪我したので俺は付き添いです。ほな、先生来たし行くわ。お大事に」

笑顔でなんてこともないようにそう言う白石に、よくそんなすぐに切り替えが出来るなと感心していると白石はひらりと手を振って、保健の先生とすれ違う形で部屋を出ていこうとする。
確かにもうこの場にとどまる意味はないし先生が来たのだから保健委員としての役割は終えているが、しかし拍子抜けする程呆気ないその去り際に、咄嗟に名前を呼んで呼び止める。
白石は開いた扉の前で立ち止まり、こちらを振り返って何事か、と首を傾げた。


「あー………ありがと」

そう口にして、白石の呆けたように目を丸めてぽかんとするその様子に、やはりこんな柄にもないこと言わなければよかったと後悔する。

大体下心満載の付き添いで、結局奴の思い通りに事が進んだっていうのに礼を言うのは妥当ではないのではないかと思うが、まあでも、…応急処置をしてもらったし…俺が引き留めさえしなければ本当に何事もなかったかもしれないし…。
自分の中で言い訳をいくつか用意して、立ち止まったままじっとこちらを見てくる白石にため息を吐く。早く行けと言うと、白石は嬉しそうに、少しだけ笑った。

「ほな、また後で」

そうは言っても今後も引き続き半径五メートル以内には近寄らないけどな!
上機嫌に去っていく白石の後姿に何かやりきれないような靄を感じながらも、応急処置をしてもらった手首に貼られた湿布に視線を落とす。

変態じゃなければ、まあそこそこいい奴なんだけどな。
この数十分の間でなんだかすごく疲れた。今までの事が全部夢だったらもうこれ以上白石について考えなくて済むのに。

ありもしない事を逃避するように考えて、その阿呆らしい自分の発想に、深く息を吐き出した。


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