七日一話 | ナノ
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僕の小さな城


(8/9)


 まさか。まさかこのような形で願いが叶うとは。ベッドに横になったまま、天井にかすかに見える薄いシミを眺めてしみじみと思う。思いもしていなかった展開に初めこそ戸惑いはあったもの、今にしてみればそんなのは些細な問題だった。
 一か月前、光と喧嘩した日のことを思い返すと今でも若干胸が痛むけれど、まあ痛むと言ったって黒歴史的な痛みだし、実際どれだけ喧嘩したところで俺と光がいとこ同士という事実は変わらないのだ。くよくよしていたって仕方がない。余計なことは考えず、俺は今を楽しむべきなのだ。

「……うおお!!!! 俺はやったぞ!!!! 念願の一人暮らしだぁぁぁ!!!!」

 四肢を突き上げながら天井へ向かって叫んだところ、隣の部屋から強烈な壁ドンを頂いた。これがうわさに聞く壁ドン……! 感動も相まって思わずにこにこしてしまう。
 この壁の薄いボロアパートへ引っ越してきて今日で一週間経つけれど、ようやく一人暮らしの実感が湧いてきたところだ。部屋の片付けも大体は終わったし、来月には夏休みが待っている。さてはて、この小さくてぼろい俺だけの城で一体なにをしてやろうか。ぐふふと我ながら薄気味悪い笑みを浮かべていると不意にチャイムが鳴った。
 こんなおんぼろアパートにモニターなんてものはあるわけもないので、誰か確認するにしたって玄関まで行かなければならない。
 よっ、と声を出しながらベッドから起き上がって、なんとなく忍び足で玄関まで向かう。のぞき穴から外を確認すると、まさか。まさかまさかの人物が視界に飛び込んできて思わず両手を口で覆った。

「……ひぇっ……!?」

予想もしていなかった来訪者の姿に心臓は止まり、危うく口から飛び出してくるところだった。なんでこんなへんぴなところに彼が……。怪訝に思いながらも大慌てで姿見を覗いて髪の毛を手櫛で直す。いつもどおりの平凡な顔で特に感情も浮かばないけれど、最低限の身だしなみは整えないとだからな!後頭部についたままだった寝癖を抑えながら、大きく息を吸うと勢いよく玄関扉を開いた。

「ご、ごめ…!お待たせっ」
「あ、おった。よかったぁ、おらんかと思ってここにきて今更焦ってもうたわ」
「ぐっ………イケメンは今日も光り輝いている…………」

 開いた扉の先はそこだけ日が差しているように光り輝いている。俺を出迎えてくれたのは蔵ノ介だった。ぱあっと花が咲くように笑うその姿はあまりに眩しくてめまいさえする、というか意識が飛びかけた。人はあまりの美形を前にすると無力化するらしい。ああ、いい人生だった……。

「ちょお、湊人! しっかりしい、白目剥いとるで……!」
「っは……。あまりの幸福で意識が……なんで、蔵ノ介……こんなところに……?」
「近くまで来る用事あってなぁ。一応連絡入れておいたんやけど……急に来たらあかんかった?」
「ええっごめん、携帯見てなかったや。うちはいつでも大丈夫だよ」

 あがって、と玄関の扉を大きく開いて蔵ノ介を招き入れると、蔵ノ介は会釈をしながら家へ上がった。いつもの見慣れた制服も最高だけど私服も最高だな。夏らしい薄着のおかげで蔵ノ介の鍛えられた体がよく映える。これがばえってやつか。今すぐsnsに投稿して全世界に自慢したい。女子高生になった気分だ。

「お邪魔します。ええ部屋やな、住みやすそうやわ」
「あっああ……うん、いいところだよ。静かだし日当たりも最高」
「せやろなぁ。あ、これ引っ越し祝い」

 蔵ノ介から袋を受け取って中身を確認するとそれは箱入りのアイスだった。しかもあずき色をしたあの高級なカップアイスだ。思わずにやけて、慌てて顔を引き締める。外は暑いし、やっぱり夏はアイスに限る。

「引っ越し祝いなんていいのに、いやでもめっちゃ嬉しい! ありがとう。今一個食べよ、蔵ノ介何味?」
「え、俺も貰てしもうてええの? ほんならバニラがええなぁ」
「おっけ」

 残りは俺が独り占めするから。とバニラ味とストロベリー味を一つずつ机の上に置いて、箱ごと冷蔵庫に閉まった。
 確か新調したスプーンも食器入れに閉まったはず……。ガチャガチャと音を立てながら、いまだ使い慣れないキッチン棚を漁っていると、すぐ後ろに蔵ノ介が立つ気配がした。なんだろう、飲み物でも取りに来たのかな。コップはこっちだと教えようと顔だけ振り返ると、予想以上に近いところに蔵ノ介の顔があって息が止まった。見れば俺が漁ってるキッチン棚に片手をついているではないか、そりゃ近くもなる。えっ、えっ、なにこの距離感。密室でこの距離感は男女であれば始まるやつだけど?!ばっくんばっくんうるさい俺の心臓事情なんて知るわけもない蔵ノ介に追い詰められる俺は情けない声を出すしかできない。へっ、いや、あの。どっ、どうしたの?なんて、顔を真っ赤にしてしどろもどろな俺がどうしたんだよって話だよ。

「なっ、なに、蔵ノ介……? ちょ、ちょっと、近くねぇ? えっ、へへ、……な、なんだよ……?」
「湊人、最近俺のこと避けてへん?」
「えっ?! や、そんなことないと思うけど?!」
「俺、なんか気に障ることしてもうたかなって」

 っていうかこの距離感でそんなこと?!てっきり告白かキスでもされると思っていただけに、盛大な肩透かしを食らった気分だったけれど、蔵ノ介の切実そうな顔を見たらそんな考えも吹っ飛んでいった。
 確かに蔵ノ介の言う通り、ここ最近避けていたフシがあるのは認めざるを得ない。急激に蔵ノ介との距離が縮まって、少し仲良くなりすぎたかもしれないという不安があったからだ。可能性を見出すと途端に怖くなる。蔵ノ介がもし俺のことを好きになってしまったら……なんて贅沢な不安、もし光が聞いたら馬鹿にされるのがオチだろう。わかってる。わかってはいるんだけど、やっぱり怖いものは怖いのだ。出来ることなら蔵ノ介は決してオチることのない難攻不落の城でいてほしい。理想のままでいてくれれば、と思わずにはいられない。元はといえば俺がノンケを落としたいとかいう謎にキモい性癖の被害者でさえあるのに、なんて自分勝手だと思う。
 俺は蔵ノ介と、一体どういう関係になりたいんだろう。

「俺はな、もっと湊人と仲良うなりたい。けど湊人は……違うてたらごめんやけど、怖がってるようにも見えんねん。避けへんでほしい。逃したない。けど、湊人が嫌がることはしとうないって思んねん」
「蔵ノ介……」
「せやからゆっくりでええ、少しずつでもかまわへんから、俺と仲良くなってくれへんかな。俺、湊人のことが好きやねん」
「す……へぁ?!!?!!」

 蔵ノ介とどうなりたいのか。なんて今さらすぎる愚かな自問自答をしている俺に、蔵ノ介のいい話がじーんと染み渡っていたのに、突然蔵ノ介の口から飛び出てきた「好きやねん」が何重にもこだまして脳内を埋め尽くした。
 えっつまりなんですか、俺と蔵ノ介は両思いってコト?脳内に突如として現れた宇宙猫が無心に花占いをする謎の光景が現れた。スキ、キライ、スキ、キライ、スキ…………両思い?!?!!!!物語完結ですけど?!!?!もしかして僕のノンケ落とし大作戦これにて終了ってことですか??!!!ついには宇宙猫がコサックダンスを踊り始めたので慌ててそれらを振り払って、目の前で真剣な顔をする蔵ノ介の肩を掴んだ。
 な、なにかの間違いに違いない。すき……焼き食べたいとか、すき……やっておいしいよね、とかそういうあれに違いないんだ。ぎらつく俺の視線に蔵ノ介が怯えたような顔をしている。ばか、俺のことが好きならそんな顔で見るな!

「はぁ?!!!お、おお、お、おれも好きだけど?!?!!!」

 ちがーーう!なんでテンパった挙句俺まで告白してるんだ!!しかも喧嘩腰で!ばか!!あまりにも雰囲気に乗せられやすすぎる!!さっきまで蔵ノ介には難攻不落の城でいてほしい……両思い怖い……とか言ってた阿呆の言うことじゃない!!!!あぁぁぁ……自分の阿呆さ加減がいやになる。

「よかった。……ほな、俺のこと怖がらへんでええから、もっと信じてええんやで。友達なんやから」
「友達……」

 はーーい!やっぱりそういうオチですよねー!!!
ん、友達。と微笑む蔵ノ介の眩さに、やっぱり俺はそれ以上何も言えなくなってしまう。これじゃぁあれこれ考えていた俺が馬鹿みたいだ。ため息と共に眉間を揉んだ後、全部が阿呆らしくなって「あー……はっはっは」と声だけで笑ってみる。きょとんと不思議そうな顔をする蔵ノ介にへっ!と吐き捨てるように笑うと、蔵ノ介も訳がわかっていないくせに笑った。どうやら不安になるにはまだまだ遠く、先は長いらしい。
 蔵ノ介に食器棚からスプーンを取り出してひとつ渡した。ひとまず今日は「友達」として、一つ壁を乗り越えた記念日としようじゃないか。
 溶けかけのアイスをスプーンで掬って食べる。外の気温はもうすっかり夏で、茹だるような季節に身も心も溶けていくようだった。


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