七日一話 | ナノ
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忍足謙也と彼女


(1/1)


「謙也ぁ、今日部活休みでしょ?ちょっと駅前まで買い物付き合ってよ」

何の前置きもなくそう言いながら、席に着いたままの俺の目の前にいきなり現れた柚子にぎょっとする。
教科書を片づける手を止めて思わず柚子の姿を凝視するが柚子はにこにこ上機嫌に俺の返事を待つのみ。
なに、駅前まで買い物?そう復唱して、あからさまに顔を顰めてみせる。柚子は不思議そうに目を丸めて何か問題でも?と首を傾げるが、もちろん問題なんて大ありや。何もわかっていない様子の柚子にため息を吐いて阿呆か、と続けた。

「嫌やわ、自分先週もそう言って俺の貴重な休み潰したやろ!しかも毎度毎度阿呆みたいな量のデザート食べるしええ加減、節制せんと太るで!」
「はああ?余計なお世話だわ!いいから行くから、逃げないでよね」

そう言って先ほどまでの上機嫌は何処に、まるで不機嫌な猫のようにむくれる柚子に、これはもう何言っても聞かへんやつやわ、仕方あらへん。と頬杖を突きながらはいはいと諫めるよう頷く。しかしそれがまた気にくわなかったようで、柚子は本当にわかってんのかと言いたげに顔を顰めて、机越しにずい、と身を乗り出してきた。
心臓がきゅっとなる。瞬間汗が噴き出してきて、これあかんやつ!と柚子の肩を慌てて押し返した。

「お、おま、…いちいちが近いねん!」
「はいは一回でしょ?」
「なんやうっさいな、行く言うてるんやからええやんけ……」
「行くよね、買い物。謙也も楽しみだよね?」
「……はい。楽しみでしゃーないです」
「それでいい。放課後教室で待っててね!」

機嫌を直した柚子がわしゃわしゃと俺の頭を、まるで犬か何かのように撫でまわす。
阿呆!せっかく朝セットしてきたんに!やめえや!そう言って慌てて柚子の撫でる手首を掴むが柚子は楽しそうにきゃっきゃと笑うのみで全く悪びれる様子はない。
ええ加減にせえ。セットにどんだけ時間かかってるかもしらんで…。その細い手首から手を離して大きくため息を吐けば柚子は両手を合わせてごめんね、と茶目っ気たっぷりに謝る。かと思うと、次には机の前でしゃがんで席に着いたままの俺と目線を合わせ、まるで内緒話をするみたいに小さな声であのね。と話を始めた。ほんま、忙しい奴。しかしなにやら楽しそうにしているし、大人しく聞いてやろうか、そう思って耳を傾ける。

「それがさ、実はね……」

「んー?なんや、内緒話しとるん?今は邪魔せん方がええかな」

全くほんまにこいつらは、毎度毎度いきなりどこから現れるんやろうか。
柚子の後ろから控えめに声をかけ、こちらを伺う様子を見せるのは白石だった。柚子はいきなり背後から声をかけられ、まるで漫画のように大げさに肩を跳ねさせて驚いていたが、俺は知っている。白石のそれが全部わかってやっている確信犯だということを。驚きで声が出せないでいる柚子の様子に白石は大変満足そうにニコニコと笑っていて、ほんまに意地の悪い奴やわ。と小さく嘆息した。

「柚子ちゃん、驚かせて堪忍な」
「なんや白石、どないしたん?」
「いや、今日の放課後誘おうか思ったんやけど。先約あるみたいやし今日はええわ」
「あ…ごめん白石くん。先週も謙也借りちゃったし、今週は白石くんに譲るよ!」
「いやええよええよ。二人はほんま仲良しやなあ、羨ましいわ」
「うっわ!やめえ、薄ら寒いわ」

肩を竦めて勘弁してくれと続けて言う。すると顔に笑顔を張り付けたままの柚子が机の下で俺の太ももを抓ってきた。痛いっちゅーねん。

「ほな、来週は謙也借りてもええ?」
「勿論、借りて借りて!」

こいつら俺の事なんやと思ってんねん。
俺を置き去りに二人で話を進める様子を頬杖を突いたままじっと眺める。まあ、うん。こうやって見ると案外おかしくはないセットやけども。
でもそれを認めるにはまだ少し、時間が足りへんから。


「楽しんできてな」

話が落ち着いたのか、ひらりと手を振ってスマートに離れていく白石の後姿を、まるで熱に浮かされたようにじいっと見つめる柚子。その横顔を盗み見て、大きく息を吐く。なんやねんこの茶番、二人で勝手にやるんはええ、けど俺を巻き込むんだけはやめてもらいたい。
柚子は白石との会話の名残か、きらきらと表情を輝かせたまま俺に目を向けると、少し頬の赤い顔で照れたように笑った。

「やばい、白石くんと喋っちゃった」
「おん、せやな」
「ほんとかっこいい、めっちゃスマート」
「おー、そうか?」
「それでさ、そうそう。この前ね、白石くんと出席被った委員会の会議の時の話聞いて欲しくて。奢るからちょっとだけ付き合ってよ」
「おー……ちょっとだけな」
「うん、ちょっとだけ!」

ほおら、俺の予感は的中。せやから嫌やったん。なんでわざわざ人の恋バナ聞くために貴重な休み使わないといけないねん。全然気乗りはしないけれど、今さら断るという選択肢もない。というか、初めから柚子の誘いを断るなんて俺には出来なかった。

きらきら輝く顔ではしゃぐ柚子の姿に、さっきみたいな顔俺に見せたことないやん。なんやねん白石の余韻俺の前で晒すんやめえや、などと言いたいことが喉の奥でぐるぐると渦巻くけれど、それらを全部飲み込んで、間違っても口にしてしまわないように口を噤む。

白石が柚子の前に現れるよりも早く。
柚子が白石の事を好きになるよりも早く。
俺が柚子の前に現れて、そして何かしら行動を起こしていたら、何かが変わっていたのだろうか。それとも、どうしても白石には敵わない運命だったのだろうか。
そんな意味のないことを考えるのはもう何回目だろう。まあ、ええ。テニスならともかく恋愛で始めっから負けると分かっている勝負に挑む勇気など、持ち合わせてはいない。それなら恋人ではなく友人として、一番近いところに。


「謙也が友達でよかった、ありがとう!」

ほんまに、お前は残酷なやつやな。
俺の机の上に腕と顔を乗せて笑う柚子の、柔らかそうな髪の毛に手を伸ばして、そのままチョップを落とした。

「あたりまえっちゅー話や!もっと感謝しい」

これでええねん。そう自分に言い聞かせるしか、できなかった。


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