「ハル、今いいか」

ある日の昼下がり。
本日の午前の訓練の報告をしようと、我々の所属する班のリーダーの部屋まで向かっている時のことだった。
廊下の先で小さな影が動いた。まさか調査兵団に子供がいるはずもない。己の目を一瞬疑うも、見えた横顔にハッと息を飲み込んだ。この声、そしてあの後ろ姿はリヴァイ兵長だ。普段こんなに近くでなんてお目にかかれない方の姿に自然と背筋が伸びる。人類最強と名高い兵長と、その先、
兵長に名前を呼ばれたハル部隊長が振り向いて首を傾げた。

「…ん?なんだリヴァイ、この後の会議についてか?」

「ああ。次回の壁外調査の要項について、エルヴィンからお前に渡すよう頼まれた書類がある。始まる前に目を通しておけ」

「あー…、」

私は耳と目が良い。
リヴァイ兵長にそう言われたハル部隊長は何だろうかと言うように思案するような顔をした。
お二人は仲が良い。リヴァイ兵長はハンジ部隊長とも気心の知れた仲であるが、ハル部隊長とはそれとは少し違ったものな気がする。まあ、一介の兵士である私の見解など糞の役にもたたないし何の根拠も信頼も無いのだけれども。

妙に汗ばむ手のひらをぐっと握りしめて廊下を進んでいく。兵長と部隊長との距離までもう少しあるがこのまま進んでいけばいずれそこを横切らなければならないのだ。その事実がたまらなく己を緊張し息苦しくさせた。


「俺の部屋にある。今から取りに来い」

「…今から?いや、ほらこれから会議の準備あるから後で…」

「今だ。俺が今しか手があいてねぇ、つべこべ言わずにさっさと来い」

「つってもなぁ、それこそ今からエルヴィンの元に行って会議で使う書類を渡さなきゃならないんだよ」

困ったように言うハル部隊長の腕には確かに書類が抱えられている。ハンジ部隊長が巨人の実験に傾倒し、その件については専らハンジ部隊長の役割となっているようにハル部隊長はエルヴィン団長の補佐的な役割やその他事務的な作業を主に行っていた。今回のように会議前になるといつもハル部隊長は忙しそうに動き回っている。
大変そうだなぁ、と思いながらも廊下を進んでいくと、気がつけば廊下で話し込むお二方はもうすぐそこにまで迫っていた。粗相のないように、すれ違うだけでも全神経を集中させて会釈をして通り過ぎようとした時だった。

「っち。おい、そこのお前。今手は空いてるな?」

「へ…っ、は、はい!」

振り返った兵長の鋭い眼差しに射られ、己のことだと気がつくまでに0.5秒。もしこれが壁外だったらきっと私はいとも簡単に巨人の手の中へ捕まり握り潰されるか噛みちぎられるかして死んでいるだろう。一体なんだろうか、突然話を振られたことに対し驚きと緊張で爆発しそうな心臓に拳を当て敬礼をしていると兵長はハル部隊長の腕の中にあった書類を奪うように取りそれを私に渡した。

「これをエルヴィンの元まで届けてくれ。作戦書だ、無くすなよ。ハルは忙しく手が塞がっているために頼まれたと言えばいい」

「はっ!」

リヴァイ兵長は満足そうに頷くと踵を返して歩き始めた。
目を白黒させ、呆れたようにため息をつくハル部隊長は悪い、と一言私に謝罪の言葉を口にした。そんな滅相もありません。そう伝えれば部隊長は困ったように笑い、先を歩くリヴァイ兵長の後ろ姿を追うようにゆっくりと歩き始めるのだった。


つづく