「好きです!付き合ってください!」

体育館裏の用具入れの前。高校2年の夏、わたしは人生で初めて告白をした。
同じ部活の先輩で、顔もかっこよくて優しい人。私はこの先輩が好きだった。きっと先輩だって同じ気持ちでいてくれているはず。不安の中に隠れた確固たる自信に、今の私はきっと人生で一番キラキラしていることだろう。


「…ありがとう。でも、おれ付き合ってる人いるんだ。それにハルは妹みたいなもので…」

そう、こんな返事が返って来るまでは。
先輩はそう言って満更でもなさそうな顔で言うと、いつもみたいにその大きな手のひらでわたしの頭をぽんぽんするのだ。いつもなら嬉しくてドキドキして切なくなるそれも最早なんの意味もない。っていうか、なに妹みたいって。まず彼女いたの?なにそれ初耳なんだけど。今までのスキンシップはなんだったの?は?彼女?妹?は?

なにも言えずに固まる私に少し困った様子の先輩。ふつふつと湧き上がる感情をぐっと飲み込んでひきつる笑みを浮かべた。

「はなし、聞いてくれてありがとうございます。私は大丈夫ですから、先行ってください」
「そんな、放って置けないよ」
「大丈夫ですから」
「でも、」

でもじゃない。早く行けと言ってるんじゃ。
私が泣きそうにでも見えたのか、両頬を包むように手で覆う先輩に体が固まる。尚も帰ることを渋りその場に留まる先輩からのスキンシップはもはや過剰とまでいっていた。頬を包む温かい手をやんわりと除けようとするが先輩の無理するなよ、の一言で私の中の何かが弾けそうになる。そうして次第に握った拳がぷるぷる震えだしてこれはまずいと思った時だった。

「すんません、用具片したいんすけど」
「おっと、ごめんね」

私の背後から掛けられた声に先輩はぱっと手を離して瞬間的に距離をとった。そういえば確かに、先輩は誰か他の目がある場所で私といちゃいちゃ(その気はなかったと言われようともあれは正しくいちゃいちゃだった)してなかった気がする。まさか、まさかだけれど先輩って確信犯で、浮気者で、私のことを弄んでいただけで。
憶測でしかないけれど、考えついた結末に愕然とする。目の前の男は確かに私が恋をしていた人で、そして私に恋をしてくれていた人だったはずなのに。

「あれ、あんた…うちのクラスの女子と付き合ってる先輩っすよね。告白っすか?」
「あっ?!あっ、あー、うんちょっとね…あはは、そう、だから、ごめんね。君の気持ちには答えられないんだ、それじゃ!」
「…」

そう言って逃げるように去っていく先輩の後ろ姿をぼんやり眺める。
なんてクソ野郎なのだろうか。私の見る目もクソなのだけれど。稀に見るクソ野郎だった。
人生で初めての告白はいろんな意味で失敗したが涙も出てこない。なんというか、残念賞って感じ。

「二番目の女にならしてくれるんとちゃう?」
「…死んでもごめん」
「随分いちゃいちゃしとったんにもう冷めたんか、女って勝手やな」
「煽らないでもらえます?散々いちゃいちゃしておいて今更彼女がいるとか妹みたいとか言われたらそりゃあ冷めるわ、あー殺意」

両手をポケットに突っ込んで興味なさそうにそこに立つ男に視線を向ける。去年同じクラスだった財前光、彼は恐ろしく愛想のない男だ。話をするのも数える程度だろう。用具を片しに来たとか言って、なんも手にしていないのは流石にどうかと思うが、それに騙されるあの男もどんだけテンパっていたのか。失笑ものだ。

「なに、助けに来てくれたの?優しいじゃん」
「殴りかかりそうやったからな。あの男を助けたようなもんや」
「財前ってそんなキャラだっけ?なんも興味ないみたいな顔してなかった?」

財前は片眉をあげて口を噤んだ。
私の記憶の中の財前は確かに無愛想で辛辣で部活以外の事には興味も湧かないような、そんな人間だったはず。わざわざ自ら問題事に首を突っ込むなんて、私の見立てがおかしかったのか、それともなにかしら理由があるのか。理由があるなら聞いてみたい。そんな私の湧き上がる好奇心に気がついたのか、財前は特に何か答えるでもなく私をおいて歩き始めてしまった。

「あっちょっと」
「なんや」
「ってか、なんで私とあの男がいちゃいちゃしてたの知ってるの?あの男、人前ではそういう素ぶり見せてなかったのに」
「テニスコートから美術室、まるみえ」

せやから、気になってん。こちらを見ようともせずに独り言を言うみたいにそう呟く財前に呆気にとられる。
今の、どう言う意味?そう尋ねようとする私を一瞥する財前の瞳はまっすぐで、何も言えなくなってしまう。そうして財前は早歩きでさっさと歩いて行ってしまうのだ。


「えっなに…告白?」
「告白ちゃうわ。自惚れんなアホ」
「じゃ、じゃあ今のなに?!えっ、デレ?えっ、なに?!」
「うるさ。ついてこんでええから、邪魔」
「なにっ次はツン?ちょっとデレとツンの切り替えスピード早いよってか歩くのも早いよ!」
「…はぁ」

心底迷惑そうに溜息を吐く財前はそれ以上なにも言わなかった。ただの元クラスメイトからまだ始まったばかりのこの関係、終着点は一体どうなるのか全く予想もつかなくて、私はつい先程好きだった人から振られたのも忘れて、人生で一番わくわくしていたのだった。