男主 ぬるいR18 いろいろ変態



なぜこうなったのか、今思い返してもその原因と理由はよくわかりません。気がついたときには、元凶と思われる僕の性癖は既にこんなでしたし、彼に僕の変態的行為が見つかり、よくわからないまま雪崩れ込むように今のような関係を持ち始めたのだって、始まりは偶然とは言えど、もしかしたらきっかけさえあればいつどんな風にそうなってもおかしくなかったのではないでしょうか。そうつまり、だからこれはすべて必然の出来事だったのかもしれません。


僕のご主人様はソファに腰掛けて長い足を組み替えると、床に這いつくばる僕をまるでゴミを見るみたいな目で眺めます。僕は彼に見られてると思うだけで息が詰まってしまうのではないかというほどの罪悪感と羞恥心で全てを投げ出してこの場から逃げ出したくなりますが、両手両足にそれぞれ付けられた枷が決してそれを許しません。

僕は現在一糸纏わずの姿で、全身に打撲の後を作って、所々血を滲ませながらまるでボロぞうきんのように冷たいコンクリートの床に転がっていました。これでは例え動けたとしてもどこへ逃げることが出来ると言うのでしょうか。自分の惨めな姿と状況に不意に泣きたくなりました。

しかし、残念なことに、そういった死にたいとさえ思えるようなこの状況に対して強烈な負の感情とストレスを感じている以上に、僕は言い表すことの出来ないほどの興奮を感じているのです。
這い蹲る僕の心臓はばくんばくんと大きな音を立て、全身に血を巡らせます。僕の中心部はおなかにぴったりとくっつき雄々しく反り勃っていて、まるで壊れた蛇口を塞ぐように、その根元には何重にも細い糸が巻かれています。始まりよりも大きく膨れた僕のモノには、その何重にも巻かれた糸が酷く食い込んで、それはそれは痛々しく、真っ赤に充血していました。
けれども、それが萎える兆しは見えません。ただやはり壊れた蛇口から水が滴り落ちるよう、ぽたぽたと我慢汁が地面にいくつもの染みを作っていきます。今にもはち切れんばかりのグロテスクなそれを見たとき、僕の中の何かがはじけるように飛んでいきました。
結局今日も僕は、耐えることが出来ませんでした。ああ、今日もダメだった。なら、明日こそはきっと。


「あ……ぁ、ああ……も、もう無理、無理です……さわ、さわって……さわってください、おねがい、おねがいしま、ぁ」

「へえ。犬のくせにご主人様にお願いやなんて、随分偉くなったもんやなあ」

「ぅあ、ごめ、ごめんなさ……」

ぽろぽろと瞳から涙が勝手に落ちていきます。そう、僕は自制する事も出来ない、ご主人様にはいつも呆れられているような駄目な犬なのです。
ごめんなさい。ごめんなさい。何度も謝罪を口にしながら、もうほぼ無意識に床に反り勃つモノを擦りつけます。固くて冷たい床に腰を押しつけ、引いて、また押しつける。地面の上には小石や砂利があるせいで擦りつける度に刺さるような痛みを感じます。その上、両手両足を縛られたままでは、思っていた以上に動きづらくてどのように身体を動かせば良いのか手探りの状態だったけれど、これ以上のお預けはもう耐えられませんでした。
きっと怒られてしまう。酷いお仕置きをされてしまうかもしれない。もしかしたら今度こそは捨てられてしまうかも。わかってはいても、もう一度得た快感を手放すことは出来ませんでした。刺激を求めて体をくねらせるその姿はさぞ滑稽だったでしょう。もはやご主人様の目も憚らずにまるで芋虫か何かのよう、一心不乱に腰を振ります。根元が縛られているせいでなかなか頂点に達することは出来ませんでしたがそれでも確実に自分の中で快感は少しずつ上り詰めていきます。後もう少し、堰き上がるような快感に、口の端から涎が垂れるのも気になりません。

不意に砂利の踏む音。今にも快感に飲まれてしまいそうな虚ろな意識の中で一度そちらに顔を向けます。ああ、なんだ……くら……ご主人様が、近づいてくる。やっと何か、してくれる気になったのか、いやどうだろう。まあ、もう、どっちでもいいか……。


「待て」

「へ……ぁ、」

「待て言うてんねん。なあ、俺の言うこときけへんの?」

「…ぁ、……や、ぁ、ぁあ……」

コンクリートの部屋に響く無情な待て。ご主人様の言葉は絶大です。どんなに絶頂の直前で、あと少しでイケそうだったとしても、ご主人様のその一言であれほど止められなかった腰の動きはぴたっと止まってしまいました。
動きを止められるとしたって、まだ物理的に止めてもらえたならよかったのかもしれません。ご主人様の言葉があったとはいえど、自分の意思で絶頂直前に動きを止めたその反動は酷く、死にそうな思いでした。消失してしまった快感に、意図せず涙が流れ、抗議や縋るような思いが言葉にならないまま醜い声になって漏れ出します。それは次第に勢いづいて、自分じゃもうどうしようもなくなってしまいました。いい年をして泣きじゃくることになるなんて。ご主人様は、あられも無い姿で、まるで子供のように泣き喚く僕を、一体どんな目で見ているのでしょうか。
僕は自由のきかない手足を無理矢理動かすように、突如として行き場を無くしたエネルギーを暴力に変換するよう身体全体をコンクリートの地面に打ち付けました。本来なら痛みを伴うはずですが、不思議と痛みは感じません。そんなことよりも、僕は気が狂ってしまうのでは無いかというほどの不快感をどのようにして発散するべきか、わからないでいました。ただ自分自身を痛めつけ、大声で泣き喚き、エネルギーを放出するのみ。これほど不器用なやり方が他にあるでしょうか。ただ僕はイきたかっただけなのです。ご主人様に、何をされるでも無くただじっと僕の頭のおかしい痴態を見てもらいたかっただけなのです。
数分間、誰に止められることもなく感情のままに叫び続けた結果、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながらも、僕はようやく落ち着くことが出来てきました。顔の真下にあるコンクリートの地面に粘着質な水たまりを作っていることに気がつき、そこで少しだけ我に返って、口内に溜まった、水分が少なくて粘ついた唾液を喉を上下させて飲み込みました。ご主人様をゆっくりと伺います。
ご主人様はただ黙って、子供のように泣き喚き、暴れ回り、そしてふと我に返った僕の一連の様子をただじっと、慈愛に満ちた瞳で見つめていました。その瞳に籠もるのは愛そのものでしょう。自惚れでも、勘違いでも無い。慈しみ、愛しく思う、愛と優しさの溢れるそれに違いありませんでした。


「ん、落ち着いた?」

まるで小さな子供を相手するように、非常に柔らかな声で尋ねられ、僕は何かを考えるより先に小さく頷きました。それに対してご主人様は綻ぶような笑みを浮かべると、優しい手つきで僕の四肢についた枷を取り外して、そしてゆっくりと僕の身体に出来た傷をなぞりました。その手つきに肩をびくつかせますがご主人様は気にしません。ゆっくりと全身に指を滑らせ、色が変わってしまった痣を軽く押したり、血の滲む擦り傷を爪先でなぞったり。その度に今までまるで麻痺したみたいに痛みの感じなかった身体に鋭い痛みが走りましたが、それを彼に悟られないためにただ瞳を伏せてじっとしていました。

「傷だらけやな……痛い?」

「……痛くない。」

身体を起き上がらせようと腹筋に力を入れると、ご主人様は僕の腰に腕を添えて体勢を整えるのを手伝ってくれました。そうしてコンクリートの上に座り込むような形で、ようやく自由になった手足をグーパーと動かします。絶頂には届かなかった身体にはまだ少し熱が残り、胸の奥には靄がかかるようで、泣き叫んだせいでしょうか。身体全身が鉛のように重たく感じました。

すると不意にご主人様の指先が深めの擦り傷に触れて、反射的に身体が跳ねてしまいました。
すぐに痛みと緊張で冷や汗が浮かびますが、僕には必死に何も無かったかのように振る舞う事しかできません。しかしご主人様は僕の考えをわかっているのか、それともたまたまなのか。まるで機嫌の良い猫のように瞳を細めるともう一度傷口に爪を立て、今度はゆっくりと押し込むように、爪先を埋め込みました。

「っい、……っ、」

「痛い?」


僕は何度も頷きました。言葉の通り、傷口を抉っているのです。痛くないはずがありません。すぐにやめさせようと、僕の腕を掴む腕に自由な方の手を向けますが、傷口を真っ直ぐに見つめるご主人様のその真剣なまなざしをした横顔に阻止せんとする手は止まってしまいます。彼は僕にとって、ご主人様なのです。それが例え"ごっこ”だったとしても、僕は、彼の行為を邪魔する度胸など持ち合わせてはいなかったのです。

「っ、………ぅ」

「……綺麗やなあ」

「…、く、……ら、」

それでも、今の僕にとって与えられる痛みを黙って享受し、我慢するほどの体力は残っていませんでした。かといって出来ることと言えば、彼の名前を呼ぶことくらいでしょうか。

蔵ノ介はゆっくりと僕に視線を向けると、その整った顔に綺麗な笑みを浮かべました。母親似で、綺麗で繊細な作りの顔に浮かべられる笑み。
蔵ノ介は僕の傷口から手を離すと、まるで今の一連の出来事なんて無かったみたいに、自分の来ていた制服の上着を脱いで全裸の僕にゆっくりとかけました。蔵ノ介の体温が上着に移っていて、コンクリートの冷たさですっかり冷えた僕の身体を温めます。痛みを与える腕が外れた事と、その暖かさに僕は知らずのうちにほっと息を吐いていました。


「帰ろか。母さん、帰ってくる時間になってまう」

「……うん」

「帰ったら傷の手当てせんとな。明日、大学休みやろ?週明けまでにちょっとはよくなればええんやけど」

顔とかも。そう言って僕の右頬をなぞる蔵ノ介の指先が傷口に触れたのでしょうか、なんともなかったはずの右頬には鋭い痛みが走って、つい顔を歪めてしまいました。蔵ノ介はそんな僕の反応に対して小さく微笑むとゆっくり腕を広げて、その大きな胸板に僕を優しく閉じ込めました。

「……」

「蔵……」

蔵ノ介は何も言いません。
僕たちのこの秘密の行為が終わった後には、数分、長いときには数十分、こうやって二人で何も言わずにただ静かに抱き合います。まるで二人の全然違う体温を分け合い、同じに均すように。離れてしまった距離を取り繕い埋めるように。僕たちの血が確かに繋がっていることを再確認するように。


「………蔵。…ごめんね」

血のつながった弟をこんな行為に付き合わせる兄は、最低でしょうか。
自分の欲求を満たすためだけに弟を巻き込むなんて地獄に落ちるべきでしょうか。
蔵ノ介は何も言いません。ただ強く抱きしめる腕に力を籠めるのが、彼の返答だと僕は勝手に解釈しています。これもまた、いつも通り。僕が謝って、蔵ノ介はただ黙ってその謝罪を聞く、ただの一連の作業にも思えますが、これは僕たち兄弟にとって大切な事なのです。

蔵ノ介が、弟が本当は何を思っているのかは僕に知る由もありません。
思えば僕は小さな頃から、それこそ性に目覚める前からどこか人とは違う癖を持っていました。幼い頃は自分の中で燻る名前の無いそれがなんなのか、自分でもよくわかりませんでしたが、年齢を重ね大人に近づき、世界を知るにつれてそれが一体どういうもので、なんなのか、実態を知ることになります。そうして、思春期を迎えてある程度の知識と自覚を覚えた僕は、自分が拘束された上で誰かに支配される事に対して性的快感を覚えると言うことを知りました。そしてそれ知った日、僕は絶望と共に、歓喜したのです。


僕はどうしようもない変態です。
そしてそれに嫌悪することも、絶望することも無く、ただ兄である僕のためならばと文句一つ言わずに付き合う弟は、もしかしたら僕と同等と言えるくらいの変態なのかもしれません。


「もうええって。帰ろ、ハル」

「…ん」

長い抱擁も終わり、身体を離して帰ろうと差し出す蔵ノ介の手に一瞬躊躇って、そして握ります。
幼い頃の夕焼け空の下、帰り道にしたように、お互いがいればどこへだって行けたあの日のように、固く手を繋いで、ゆっくりと歩き始めます。これから僕たちは着替えをして何事もなかったかのように僕たちの家に帰るのです。僕たちを生んでくれた母と父のいる家です。ご主人様と犬の関係はもうおしまいにして、仲の良い兄弟に戻らなければならないのです。

僕と弟は一体どこへ向かうのでしょうか。
僕たち二人の物語の結末は、バッドエンドでしょうか。そんな未来のことはわかりませんが、きっと、ハッピーエンドだけはありえないでしょう。こんな親不孝な僕たちが、僕が、幸せになれるわけがないのですから。

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