!微裏表現



「っ、ぁ…イ、」
「…っ、く、」

胎内で徐々に張り詰めるそれに息を詰めた。いつまで中に入れておくつもりなの、快感の中どこか冷静な頭で若干の焦りを感じながら打ち付けられる腰に手を伸ばして押し返す。
まさか、この男に限ってそんなへまはしないだろうけれど。
男はそんな私の考えを知ってか知らずか、いや例え気がついてたとしてもどうでもいい、と言わんばかりに構わず腰を打ち付ける。
快感に飲まれそうになりながらも、少しだけ残った自尊心を奮い立たせて下から強く睨みつければ、男は口の端を釣り上げ笑った。

「ぬい、て…!」

男は何も答えない。限界は近い。より一層張り詰めたモノに耐えきれず小さな悲鳴を漏らすと、男は漸く私の中からそれを抜き出して腹の上に精を吐き出した。
生温かくどろっとした液体が横腹を伝って落ちていく。何度か脈打つ陰茎が全て精を吐き出したのを見届けて、お腹の上に溜まるジェリー状の白濁液を机の上に置かれたティッシュで拭き取りそれを丸めた。



「…ちょっと、いつまで乗ってんのよ。早くどいて」
「お前、もう少しどうにかなんねぇの?毎度そんなだといい加減萎えるわ」
「何よあなた、ただのセフレに何を求めてんの?ていうかゴムしてって言ったわよね?本当ありえない」

ていうかどんな神経してんの?そう続けて、丸まったティッシュを目の前の男に投げつける。シリウス・ブラックはティッシュをなんて事もないように避けるとその口元に笑みを浮かべた。
悪い顔。本当に性悪。もし避妊に失敗したとして、子供ができてしまったら困るのは私だけではなくシリウスも同じだというのに。まるで他人事のような態度に怒りを感じながらも、これ以上彼に構っている暇はないとさっさと乱れた制服を直していく。
シリウスはそんな私につまらないと言いたげに片眉を上げるが、すぐにズボンを履いてシャツを直す。ネクタイを締める事なく首にかけると机の上に腰かけて、そういえば。と何かを思い出した様子で話しを始めた。

「もうすぐ一年経つだろ、一年記念日でもしとくか?」
「…はぁ?セフレ一年記念日?頭沸いてるんじゃない?一人でパーティでもしとけば?」
「お前、ほんと口悪いな。そうじゃなくて、最近マンネリだろ。来週のホグズミードで面白いもの探そうぜ」

コスプレとかどう?そう言って楽しそうに笑うシリウスに心底呆れる。
シリウスに言われる前から彼との行為は最近食傷気味だと感じていただけに、彼の提案を否定しきれない自分がいたのは事実だったが、まさか解消法をセフレ同士で探しに行くと?そんなの、もはやセフレなどではなく恋人同士ではないか。というか普通に考えただけでも薄ら寒い。恋人ごっこがしたいなら他を当たって欲しいものである。
スカートを直し、ネクタイを締めてシリウスに視線を移す。ばっかじゃないの?一言そう言い放って、傷つく様子も一切見せずただ笑うシリウスを残して、空き教室を後にした。


シリウス・ブラックとは丁度一年前関係が始まった。きっかけはなんだったのか、今では鮮明に思い出せないがとても単純な理由だった気がする。
お互いが性欲を持て余していて、そんなお互いの存在にたまたま気がついただけ。シリウスは他の女の子とも遊ぶし、セフレも何人かいるんじゃないかな。(恋人は作らないみたいだけど)
私だってセフレはシリウスしかいないものの別に彼だけにこだわっているわけじゃない。恋人だって欲しいし普通に恋愛もしたい。シリウスと一緒にいると、そういう"普通の恋愛"が出来ないということもわかっている。だから今のままでいいとは思わないけれど、一人の夜を過ごすよりはまだマシだと思ってしまうのだ。
この行為が、関係が、決して褒められたものでない事は重々承知だ。暗い廊下を一人歩きながらため息を吐き出した。

「…っ、ひ!」
「!!っ、し!」

曲がり角、誰かとぶつかりそうになって驚きで悲鳴が漏れそうになる。それをすかさず伸びてきた手に押さえつけられて、くぐもった悲鳴が手の隙間から漏れた。
心臓は大音量を上げ嫌な汗が瞬間的に吹き上がる。声も出すことができずに逃げられないよう腕も掴まれている。もはやパニック直前だ。生理的な涙を浮かべる私に、暗がりに浮かぶ青白い顔が、近寄ってきて、そして、

「落ち着いて、大丈夫、鼻から息を吸って」


目の前で必死な顔をして、人差し指を口の前に持ってきて静かに、のポーズをする男子生徒に呆気にとられる。あれ、男の子…?
ようやく落ち着いた様子の私に、目の前の男の子はほっとしたように嘆息し、押さえつけていた手をそっと外した。

「ごめんね、大きな声出されるとまずかったから」
「いや、こちらこそ、ごめん…あなたは、」

蔦色の髪の毛がふわりと揺れた。男の子は微笑むと私の手を取って、こっち。と廊下を進んでいく。優しく握られた手が、彼の温かい笑みからは考えられないくらい冷たくて少し驚いた。

静かな廊下を二人、足を忍ばせ進んでいく。歩幅を合わせて引っ張ってくれる彼の優しさに胸がじんわりとしながらも、彼の後ろ姿を見つめてこの人は確か…と考える。
シリウスと仲が良くてよく一緒にいる、悪戯仕掛け人のメンバーの一人だ。名前は…

「…ルーピン。私、部屋へ戻りたいのだけれど」
「わかってる、部屋まで戻るならこっちの方が近いんだ。それに今あっちへいくと先生と出くわす事になるよ」

ルーピンは顔だけ振り返って優しく微笑む。私は何も言えずに、小さく頷いただけだった。
彼の言う事が本当ならばそれはまずい、今は外出禁止の時間帯なので見つかったら減点だけでなく、こってり絞られる事になるだろう、そんなヘマはしたくないので大人しくルーピンの後をついていく事にする。
そういえばこんな時間にルーピンは一体何をしてたんだろう、ふと気になるがまあ大方悪戯の途中か何かだったんだろう。シリウスはさっきまで必死に腰振ってたけどね。

しばらく黙ってルーピンに連れられていくと、何度か曲がり何度かくぐった後、気がついた時にはグリフィンドール寮の目の前だった。すごい、こんな早く着くなんて、しっかり道順覚えておけばよかったと少し後悔する。ルーピンはそんな私に目を向けると少し誇らしげに笑った。

「ほら、ついた」
「ありがとう、ルーピン。あなた、これから悪戯でもしにいくの?」
「えっと、まあね。シリウス探してたんだ」
「ああ、それなら……うん、さっき見たかも。ルーピンと会う前、空き教室の方で人影動いたから。ちらっと見えたのは多分シリウスだったかな…もしかしたら先生だったかもしれないけど」

おっとまずい、流石に今の今まで一緒にいましただなんて言えない。私たちの関係は周りには秘密なのだから。
不思議そうな顔をして目を丸めるルーピンに慌ててそれじゃあ。と切り上げる。彼に背を向けて部屋に戻ろうとして、ふと動きを止めた。顔だけ振り返って、彼の名を呼ぶ。

「なんで外にいたのか、聞かないの?」
「…うん。人には聞かれたくないことだってあるでしょ」
「…まーね。ありがと、ルーピン」

おやすみ。そう言って手を振る。
ルーピンは微笑むと、手を振りかえした。

「おやすみ、ハル」

ああ、なんだ。彼は私のこと知っていたんだ。
彼に呼ばれた名前が、自分のもののはずなのに自分の名前じゃないような感じがして、慌てて背を向ける。ルーピンに見送られて寮の中へ戻ると、誰もいない談話室にホッと息をついた。
今夜は騒がしい夜だった。今日はこのまま眠ってしまおう。
ルーピンと繋いだ手がやけに熱く、未だに熱を持っていてなんだか落ち着かなかったけれど、ベッドの中へ入ったら落ちるように眠りにつくことが出来た。
シリウスとの行為の後は、いつもこうだ。だから私は彼から抜け出せない。






連作にするつもりでちょっと前に書いたもの。埋もれてたので発掘しました