「ハル、今週末予定空いとる?買い物付き合うて欲しいんやけど・・・」

放課後の事だった。
コンビニで買ったアイスを食べながら歩くいつもの帰り道を幼馴染の蔵ノ介と並んで歩く。空は高い。夏休みが終わり二学期が始まったばかりの最近、空気は乾いてきたもののやはり唸るような暑い日が未だ続いていた。

口の中に広がるソーダのすっきりした甘みに、バニラと悩んだけれどこちらを選んで正解だったなとしみじみ思いながら蔵ノ介を振り返った。
尋ねるよう首を傾げる蔵ノ介は先ほどのコンビニでチョコミントを選んだようで、その手には水色と茶色というなんとも禍々しい色をしたアイスのカップが握られている。木のスプーンを咥える蔵ノ介に、今週末?と彼の台詞を反復した。

「んー・・・?あー、ごめん。その日はちょっと予定あるわ、謙也あたりでも誘えば?」

「予定?誰かと遊び行くん?」

「うん。クラスの子に合コン誘われた」

私の答えによほど驚いたのか、蔵ノ介は滅多に出さない大きな声で、はあ?と言って盛大に顔を顰めた。
その様子を横目で眺めながら、高校3年生だし合コンくらい行くでしょ。と溶け始めてきたアイスを舐める。

私と蔵ノ介はもう10年来の付き合いになるけれど、そこに色恋沙汰が絡むことは一切なかった。・・・一切ないっていうのは少し語弊があるかもしれない。そこに色恋沙汰なんてない、かのように振舞っていた。が正しいだろうか。私には蔵ノ介に対して友人以上の感情を抱いていた時期があったし、今も全くないとは言えない。
しかし、それを巧みに隠し通したからこその今があるんだと、私は信じている。

・・・中学生の思春期のあの時期は、本当に、今思い出してもまるで地獄のようだった。告げたくて告げたくて仕方なくて、でも言ってしまえば関係が変わってしまう。迷い、怯えながらも大好きな幼馴染の隣で送る毎日は思い出すだけでも辛い。
今はもう、蔵ノ介の隣にいれるだけで十分だと思えるようになったけれど、しかし私たちももう18歳だ。いつまでもお互いの存在に甘え、こうしているわけにもいかない。それは私に限らず、蔵ノ介にも言えることだった。だからこそ、私は行きたくもない合コンに参加の意を伝えたのだが。


「待って、待って。ハル」

「え、なに?」

「俺との買い物より合コンなん?ハルは俺より合コンの方が大切やと思っとんの?」

「ええ・・・ちょっと大げさじゃない?そもそも先に約束してた方を優先するのは礼儀だし・・・」

私の台詞に困ったような、悲し気な表情を浮かべて肩を落とす蔵ノ介。
そんなに落ち込むことだろうか。いや、確かに私も蔵ノ介が合コン行くとか言い出したら悲しいし落ち込むだろうけれど。それでも私はきっと蔵ノ介を笑顔で送り出すだろうし、引き留めるなんて絶対にしない。だってきっと、それがお互いの為になることだろうから。

心を鬼にする。ここで変われなければ私たちは一生このままだ。いや、一生なんてない。いつしか蔵ノ介に大切な人が現れて、私は一人置いて行かれるんだ。
別にそれでもいいじゃない。いま好きな人の隣にいられるんだから。そんな風に語り掛けてくる甘い囁きを一蹴して、溶けるアイスに歯を立てた。


「いやや、ハルは俺と遊ぶんや」

「いやや、って・・・小学生じゃないんだからしっかりしてよ」

「いやや!そもそも合コンなんて碌な男おらんし、俺を捨てるなんて許さへんからな!」

「捨て・・・ちょっと人聞きの悪いこと言わないでくれる?買い物くらい私じゃなくて他の人誘いなよ、もう高校も卒業するんだし、いつまでも二人一緒ってわけには行かないでしょ!」

珍しく折れない私に口を尖らせる蔵ノ介。強く言い切れば何も言い返さない蔵ノ介に、これで引き下がってくれればいいんだけれど。深くため息を吐き出した。
私の気も知らずに、好き勝手言ってくれるわ。胸の内で渦巻くどろりとした感情に気がついて、まずい、ちゃんとしまい込まないといけないのに、吐き出した息を吸い込んだ。

蔵ノ介はそんな私の様子をじっと見つめる。なんだか居心地が悪くって、止まっていた歩みを再開させようとまた歩き始める。しかし、それもまたすぐに腕を掴まれて阻まれてしまう。

「な…に」

「絶対、そんな合コンなんかより俺とおった方が楽しいから。・・・行かんでよ、ハル」

真剣な眼差しとワントーン落とされた声音が飛び跳ねた心臓に深く突き刺さる。いつもはこんな顔しないくせに、こういう時ばっかり。そんな顔で見つめられるのが嫌で逃げるように目を逸らした。

知っている。合コンなんかよりも蔵ノ介と過ごす週末の方が楽しいのなんて、わかりきっている。
わかっているのに蔵ノ介を選ばない、選べない理由を蔵ノ介は全然わかっていない。……私を離れなくさせているのは、貴方なんだよ。引き留めて、手繰り寄せて、・・・何一つ欲しい物さえくれないのに。蔵ノ介はズルい、本当に。

「買い物行って、映画観て、家でゆっくりしよ。一緒に夕飯つくろ」

必死に跳ね除けようとする私の事なんてちっとも見ようともせず蔵ノ介は甘く囁く。甘美な誘惑が私を蝕む。そんな最高な週末を、好きな人と共に過ごせる。…そんなの、断れるはずがない。いつ壊れてしまうかわからないこの日常を、自ら断ち切るなんて馬鹿のすることだとさえ思う。私は、馬鹿にはなれなかった。否、そんな考えになってしまう私は既に恋に溺れた馬鹿だったのかもしれない。

全部蔵ノ介を好きになった私がいけないんだ。
引き留められることが、こんなにも嬉しいと感じてしまう私が全ていけない。

私は蔵ノ介の顔を見ないまま、いつものように笑う。
本心を隠して、幼馴染の仮面を被って言うのだ。

「・・・仕方ないなあ」


乾いた地面にシミが落ちる。
一つ、二つ。甘ったるいシミが色濃く落ちる。


おわり



ネタ提供のつもりで書いてたけど全然違くなってしまった。