*ネタ提供

白石蔵ノ介はむかつくくらいに何でも卒なくこなす完璧な奴だった。
俺が死ぬほど努力して手にした賞も、放課後どこに出かけることもなく毎晩遅くまでする勉強も、毎朝早起きをして欠かさない運動も、すべてすべて、全て白石蔵ノ介はなんてこともないように俺の努力を軽々と超えて上をいく。
涼しい顔をして、俺に向かってほんまハルはすごいなあ、って。悔しさと憎しみと、嫉妬と、劣等感と。全てがぐちゃぐちゃに入り混じった負の感情を抱え込み歪む俺の顔を見て、微笑むんだ。


「ハルは頑張り屋さんやから、無理しすぎてないか不安やねん」

むかつく。

「ハルほど努力してるやつ、おらんで」

むかつく。むかつく。

「ハルはすごいなあ」

むかつく。むかつく。むかつく。

「ハル、あんま無理したらあかんよ」

むかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつく!

「ハル」

白石の形の良い唇が、俺の名前を呼んで、冷たい指先が頬に触れた。
怒りで燃え上がった心臓が、頭が、スウっと冷えていく。

俺たちは、教室で二人きりだった。
今日は期末試験の結果が張り出されて、今回もまた俺は白石を抜くことが出来なかった。悔しくて悔しくて、今日一日はずっとぼんやりしていた気がする。そんな感じで抜け殻のような一日を過ごして、いつの間にか一日は終わり放課後になっていて、それでも俺は未だに帰る気にはならなかった。いつもはもう家に着いていて、大嫌いな教科書を開いている時間だというのに。

全て、白石蔵ノ介のせいだ。あいつが、あいつさえいなければ俺は、こんなに醜い感情を抱かなくてすんだのに。嫉妬と劣等感が入り混じる、汚くて醜い感情は俺の心を徐々に蝕んでいく。俺の中には、いつも白石がいた。決して勝てない、絶対に敵わない同級生が、いつでも、いつまでも俺の中にいた。


「ハル、キスしてもええ?」

白石からの問いに、何も答えない。
白石の冷たい手が頬に触れ、滑るように髪をかき分け頭を支える。
そして、唇が押し当てられて。

熱に浮かされたように、蕩けそうな瞳が至近距離で俺を飲み込まんとしてくる。俺は答えない。何も、応えない。

「ハル・・・、」

吐息交じりに呼ばれる名前は、本当に俺の名前なのだろうか。まるで他人の名前のような、物語の登場人物の名前のように感じる。そもそも、なんで俺はこんな事をしているんだろう。ぼんやりと考えて、やめた。
頭を支える手に力が籠って、白石は唇に歯を立て、執拗にねぶる。熱く蕩けるような舌が閉じた唇をなぞって、隙間に滑り込んだ。

「・・・、」

口内に侵入してくる異物に、俺はなんの反応も出来なかった。
もういい。もう、なんだっていい。今日は、・・・今だけは、何も考えなくていい。目の前にある熱に身を任せてしまえば、きっと一瞬だけでも楽になれる。

俺は大嫌いな目の前の男から逃げるように、そして熱の孕んだ瞳から逃れるように、ゆっくりと瞳を閉じて闇に身を投じた。




(嫌いなライバルに思いを寄せられる)