*くららちゃんの続き。後編



どれくらいその場で空を見上げていただろうか。
厚い雲で覆われた空をぼんやりと眺めながら、ふとその長閑な空間に大きなあくびを漏らした時、視界が翳った。

「?」

「どないしたんですか?」

「あ・・・いえ、・・・」

不意に目の前に現れた傘をさした男性が、目線を合わせるようにしゃがんで声をかけてきた。
まずい。こんなところで大の男が蹲っていれば不審者にも見えただろう。慌てて何かを否定しようとして、彼の容姿に目が奪われた。


(うわ、綺麗な人だな・・・)


その人は男性なのに、綺麗という言葉が似合う人だった。
淡い薄茶色の髪色が印象的で、恐ろしく整った顔立ちは少しだけ浮世離れしているように感じて近寄りがたさがある。しかし浮かべられた表情はまるでこちらを心配するかのようなもので、その綺麗な顔に感情が見えるのが、普通のことのはずなのに酷く意外に思えてならなかった。
切れ長の目に捉えられ目が離せない。しかしこの男、どこか既視感があるのは気のせいだろうか。何か芸能活動をしていてもおかしくはないレベルの美形だが、果たしてどこで・・・。


「あー、そんなじいっと見つめられたら照れるわ・・・」

「はっ、あっ、す、すみません!つい・・・」

つい。ついなんだ、イケメンすぎて見惚れてしまいました、なんて言えるわけもない。女子高生ならまだしも男に見惚れられたなんてドン引きするに決まっている。ていうか普通に俺気持ち悪いな。どうにも居たたまれなくて男から視線を外してかゆくもない首を掻く。すると聞き心地の良い低温の笑い声が滑り台の下の空間に反響した。

「はあ、ええなあ・・・、今日は雨やからって家に閉じこもらないで正解やったわ」

「ええ・・・っと、やっぱこっちって雨の予報でした・・・?」

「おん。昼過ぎ一時大雨、せやけどすぐに晴れるでしょう。って」

「あー・・・やっぱり。晴れるんだったらよかった・・・」

イケメンが笑っている。イケメンも笑うんだなあと当然のことにしみじみと感動していると、イケメンは傘を折りたたんで滑り台の下に入り込んできた。
子供向けのぞうさんの滑り台の下に男二人は正直狭い。すぐ目の前に腰を落とす白石くんとの距離に近いなあと思いながらも、お邪魔します。と挨拶をする彼に入ってこないでとはまさか言えるはずもなかった。

「白石、蔵ノ介や。よろしゅう」

「あ、はい。俺はハルです」

「うん、せやな。ほな俺たち同い年やろ、敬語使わんでええって」

「えっ、18歳?ていうか、なんで年齢知って・・・」

「超能力。このぞうさん、もしかして君の思い出の場所なんやないかなあとか、思うんやけどどう?」

「え!す、すごい、なんでわかったの?えっ本物?」

俺の問いに応えずただ瞳を細めて笑う白石くんの姿にうわっイケメン、と超能力の話なんて吹き飛ぶ。超能力とかいう単語を持ち出したところに関してはうさん臭さが半端なかったけれど、それでもその顔面で大真面目に言われてしまえば真実味はぐっと高まる。というかもはやどちらでもいいやとさえ思えるところがイケメンの恐ろしいところである。
白石くんはそんな阿呆みたいなことを一人考える俺に笑みを向けると地面に転がった枝を手に取って砂に絵を描き始めた。俺は静かにその様子を隣から眺める。そういえば、あの子もこうやって話しながらよく地面に絵を描いていたっけ。ふと感じた懐かしさに無意識に顔が緩んでいたようで、白石くんは少しおかしそうに笑った。


「ここで何しとったん?」

「・・・俺、昔この辺に住んでて」

事情を話そうか一瞬悩んで、旅の恥は掻き捨てだと思う。
うんうんと頷いて話を聞いてくれる白石くんから目をそらして、剥げた塗装を指でなぞった。

「好きな子がいたんだけど変な約束をして引っ越ししちゃったんだ。多分その子は覚えていないだろうけれど、俺はどうしてもその約束が忘れられなくて、今日は蹴りつけにきたんだよ。もういい加減現実見て前進もう、って」

まあ、結局会えずじまいだけど。そう言って笑うと、白石くんは真剣な眼差しでじっと俺を見つめる。
なんだろう、引かせてしまっただろうか。確かに気持ち悪い。普通に気持ち悪い。何を一人で悦に浸っているんだ、とか思われているのだろうか。俺は白石くんからの視線に耐え切れず、どうにか誤魔化そうと思って滑り台の下から顔をのぞかせて空を見上げた。空は明るく太陽が出てきた。雨はまだ少しだけ降っているけれど、この調子だといずれ止むだろう。
こういう空は晴れているのに雨が降ることを確か・・・そう、

「狐の嫁入り、だ」

「ハルくん。」

「え?・・・、」

腕を引かれて自然と顔がそちらへ向く。
振り返ってすぐ、予想以上に近い距離にいた白石くんに短い声が漏れて反射的に身を引いた、が。

「っ、」

背中にコンクリートの冷たい感触。そして唇に柔らかな、ものが触れて、わけがわからないままに白石くんのきめ細かい肌と長い睫毛に本当女子よりもきれいだ、と場違いにもそう感じた。

「・・・は・・・え、っと・・・」

「・・・ずうっと、待っとったんやで。前進むため、とか蹴りつけるとか、そんな事言わんでよ」

「え・・・?」

「ブレスレット、あの後すぐ糸切れてしもうて。ビーズとか半分以上失くして、でも必死に残ったビーズと糸を繋ぎ合わせてこれ、作ったんや」

白石くんはわずか数十センチの距離で囁くように話し始める。
俺はこの状況が全く理解できずに、白石くんの話す内容なんてほぼ耳を通り抜けていく。えっと、今俺キスされた?そんで、ブレスレットが、えっと。

「ごめ、ちょっとよく意味が・・・」

「見て。結構上出来やない?」

白石くんは俺の声なんて聞こえていないみたいに微笑むと首に下げていたネックレスを服の中から引っ張り出した。細身の銀のネックレスに繋がる輪っかは不格好なほど安っぽいビーズで作られていて、正直それはいくら顔がイケメンの白石くんが身に着けていたとしてもダサいとしか言いようがなかった。
しかし、そのビーズの輪っかに何か違和感を覚える。しかも先ほどから白石くんは何やら変な事ばかりを言っている。それはまるで13年前、俺があの子に対して言ったことおこなったことそのもののようで、

「あの、白石くん。・・・くららちゃん、って知ってる?」

まさか、勘違いだと、考えすぎだと思いたかった。くららちゃんのあの色素の薄い瞳と髪色、きめ細かな肌にくりっとした瞳、そして形の良い唇がフラッシュバックして、目の前の男と重なる。
必ず迎えに行くから、待っていて。そう言って渡したビーズのブレスレットは、どんな大きさでどんな色だったっけ。白石くんの下の名前は、なんだったっけ。

「ハルくん、ずうっと好きやったよ。君の事ずうっと待っとった」

「・・・」

「もう俺たち、大人になれてんかなあ。なあ、ハルくん。俺と結婚してくれますか?」

くららちゃん・・・否、蔵ノ介くんはそう言ってブレスレットを首から外して、引っかかっていたチープな指輪を手に取った。用済みとなった銀のネックレスは蔵ノ介くんの手の中から滑り落ちて砂に埋もれる。
蔵ノ介くんはそれに目もくれず、俺の左手をとって、そして。



そして、いつの間にか雨はやんでいた。
(俺はいつから、どこから、間違えていたんだろう)

多分はじめから