始まりは確か雨の日だった。
その日は部活が休みだったから、後輩だった財前と放課後にうちで適当な時間を過ごしていた。俺はベッドの上で漫画を読んでて、財前は床で携帯をいじっていて。部屋には漫画のページをめくる音と窓の外から聞こえてくる雨音だけが響いていた。

小一時間、部屋は静寂に包まれていた。
そんな中、漫画を読み終わって暇になった俺は財前に何か話を振って、…そして、なんでか二人で抜きあいっこをする事になって。きっかけとなった話の内容は何だったか、もう覚えていない。自分の部屋で後輩と向き合って、昂ぶったモノを互いに触り合い、そして共に熱を吐き出したあの時から俺たちは、普通の先輩後輩の関係ではなくなってしまったのだった。

そこから体の関係になるまでは早かった。男子高校生なんて、所詮そんなもんだと思う。始まってしまえば行くところまでいく、互いにより快感を求めて。


「先輩、明日も家来ていいすか」

「んーああ、いいよ」

自室のベッドの上で、互いにパンイチのまま言葉を交わす。

こんな関係も、もう半年続いている。
始まりの時からなにも変わらず、放課後の部活が休みの日は俺の家でゆっくり過ごし、その後暇になったらセックスをして、行為が終わった後は一緒にコンビニまで飯を買いに行く。
たまにうちの親が早く帰ってきた日はセックスをせずに飯だけ食って帰ることもあるけれど、そんなことは稀だ。

一日休みの日は互いに予定がなければ会って遊ぶし、出かけたりもする。セフレ関係になる前とあまり変わらない休日を送るが、それでもただの先輩と後輩の関係ではないのはやはり、互いに手持ち無沙汰になったりその気になればセックスをするという選択肢がある点だろう。
俺は財前と、こういう関係になりたかったのだろうか。…否、俺は別に財前とセックスをしたかったわけじゃない。休みの日に同じ空間で別のことをしながらゴロゴロして、腹が減れば二人でコンビニに行って買い物をして、何か楽しいことがあれば二人で楽しむ。それだけで十分だったのに。


「…なあ、財前」
「なんですかハルさん」
「もうセックスすんのやめね?」

財前の腕の中で目を瞑る。財前は温かい。肉つきはあまり良くないから抱き心地はお世辞にも良いとは言えないけれど、その骨ばって大きな手のひらで頭を撫でられるのはとても好きだ。上から俺のことを見下ろすきつい瞳も、嫌いじゃない。イクまえに俺の名前を呼ぶ掠れた声は、すこしだけ辛い。


「…財前?」
「なんでですか、俺とのセックスは気持ちよくないっすか」
「いや、気持ちいいけど、俺は財前と…」
「なら他に好きなやつでも出来た?セフレ、しかも男のなんてバレたらシャレにならんもんな。ほんならバレる前に切っとけってやつっすか」

体を起き上がらせ、俺を上から見下ろす財前の瞳は冷たくまるで俺を責めるように刺さる。
財前の口から出る言葉は俺の意としてるものとはかけ離れていて、そんな事思ってなんかいないと否定しようにも財前は俺が何か言葉を発する事を許さないというように唇に噛み付いてきた。

「っ、んん…!」

熱くて溶けてしまいそうな舌が口内を引きずり回る。先ほどまでの優しく絡め取るようなキスとは全然違う、まるで全てを食い尽くされそうになるそれに全身が粟立つ。なんだこれ、こんなキス、知らない。
縋り付くように財前の腕を掴んで、必死に息継ぎをする。財前はそんな俺の様子を、底冷えするような瞳でただじっと見つめた。

「…」
「っ、ざ、いぜっ」
「…認めへんから。今さら何言ってんすか?俺から逃げれる思っとるん。…あんたはほんまに、…救いようのない阿呆やわ」

苦しげに歪む表情で俺の頬を撫でる指先は震えている。一体財前は何を抱えてるのか、何を思って、何を考えてるのか。以前までなら手に取るようにわかったはずなのに、今の俺には財前の事が全然わからなかった。

「財前、」
「…俺から離れるなんて、許さへんから」

いつから、こうなってしまったんだろう。いつから、ただの先輩と後輩の関係が終わってしまった?俺はただ、財前と一緒にいれるだけで、良かったのに。

上から覆い被さるように、俺を強い力で抱きしめる財前。頬に触れる髪に戸惑うけれど、耳元でまるで縋るように俺の名を呼ぶ財前が壊れてしまいそうに思えて、俺はそっと優しく後輩の頭を撫でた。


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