*ネタ提供
シンデレラパロ/女装



「お嬢さん、僕と踊りませんか?」
「あ、大丈夫です」
「…あっ、そうですか?」

なにも気にすることなく思いっきし低い声を出してそっぽを向くと、一瞬固まった男は何かを察してそそくさと去っていく。その後ろ姿を一瞥してから、皿に盛ったデザートにフォークを刺して口へ運んだ。
かれこれ2時間、こんなことを俺は繰り返していた。
大体何故俺がこんな格好して男どもに口説かれなくちゃいけないんだ。化粧の施された顔と似合わないウィッグ、そして煌びやかなドレスは着用する人間さえ間違わなければきっとこのパーティ会場一綺麗な事だろう。それも俺が身につけているだけで魅力は半減どころかマイナスだ。
何故、一体何が起こってこんなことになったか。簡潔に説明しようと思う。

それは遡ること3時間ほど前のこと。
三人姉弟のうちでは一番末っ子であり唯一の男である俺の扱いは普段からかなり不遇だった。
今日も、何やら姉貴たちはパーティの準備があるとかで朝っぱらから、押し付けられた部屋の掃除や洗濯をこなしている時のことだった。別に家事を押し付けられること自体はいい、文句を言ってその後に殴る蹴るの暴行を加えられる方が大問題だ。そういうわけで姉貴たちが綺麗なドレスを身に纏い派手な化粧を施して、夜迎えの車に乗り込むのを見送った後、ついでにと玄関の外窓を拭いている時。いつの間にか現れた男はやけに上機嫌そうに俺の名を呼んだのだった。

「ほんまにあなたええわぁ〜素質あるわぁ〜」
「はぁ?」
「ずうっと見守ってたんよ」

素質?なんの?てか、え?男だよな?語尾にハートを付けかねない勢いでくねくね体をくねらせて近寄る男に一歩後ずさる。坊主で、体格だって声だって何もかもが男だ。男である事は違わないはずがない、と思うが、もしかして坊主のオカマだろうか。いきなり声かけてくる訛りのある坊主のオカマとか、え、なにそれ怖い。

「あの、多分人違いです…」
「人違いちゃうわよ〜!せや、おめかしせなね!こんな所で雑巾掛けで終わる一生なんて嫌やろ?ほなほな〜!」
「えっ、ええ…?」

圧倒されてなにも言えない、って多分こういう事なんだろうな。訛ってる坊主のオカマは懐から何やら杖のような物を取り出すとそれを一振り、二振り、そして三振りした。
その直後キラキラと体が光に包まれる。えっなに?!突然発光しだした身体に目を白黒させ体を硬直させるが、次第にその光は収まっていく。びっくりした、一瞬燃えてるのかと思った、安堵するがそれも束の間、俺は眼に映る信じられない光景に言葉を失った。

「はぁ〜やっぱ綺麗やわ〜〜!超かわよお!」
「い……や、いやいやいやいやいや!!!!!なにっ?!なにこれ、えっ、なにこれ?!」
「午前0時の鐘が鳴り終えるまでが限界やから、必ず帰ってくること!お約束はそれだけやから存分に楽しんでくるんやで!」
「いやっちょっと!まっ、まてえええ!!!」

というわけで、俺自身何が何だかわからないままこんな格好にされ、いつの間にか用意されていた馬車に押し込められたってわけ。どうやらあのオカマはただのオカマではなく坊主で訛りのあるオカマ魔女ということで俺の中では落ち着いた所だ。(魔女と言っていいのかはわからない)
まああの魔法使いがいうところ、午前0時がタイムリミットみたいだからその時間になればこの魔法は解けるとみた。わけわからねえ、とすぐにでも帰って化粧を落としてドレスも脱ぎ捨てても良かったが、そもそも化粧の落とし方もよくわからないしドレスもどう扱っていいのかさっぱりだ。ここは大人しく0時になるまで待とうと思うのだ。それに、ここの飯は超絶うまい。…けして、それが帰らない理由とかではない。決してだ。
口説いてくる男なんて俺が地声を出せば一瞬で追っ払えるからなんの問題もないしな。

0時まであと少しか、まあそろそろ腹もいっぱいになったし帰るか。柱時計に目を向け、皿に盛ったデザートの最後の一口を頬張る。うまい。やっぱもうひとつ食べてから帰ろ。

「すみません、よろしかったら一緒に踊っていただけませんか?」
「んー、ああ。すんません、そういうんじゃないんで」
「…」

もう目を向けることさえ面倒だ。最後のデザートは何にしようかなと、すぐ去るであろう男になんて目もくれず、俺の目の前に並び輝くデザート達を吟味する。やはり最後はすっきりとフルーツ盛りだろうか、うん。そうしよう。

「……あの」
「?なにか?」

てか、まだいたんだ。少し驚きながらも男の方へ目を向けると、そこにいた男に更に目を剥く。とんでもないハンサムだ。(ハンサムとは死語だろうか)こんなハンサムは初めて見た、身に纏う白のタキシードをこんなにも着こなしている。キラキラと輝くその姿はまるで王子だった。
そんなハンサムが一体、俺に何の用だとつい口を結ぶ。
男だとばれて追い出されるのだろうか。まあもう帰る予定だったからいいけど、変に目立つのは嫌だなと少し思う。せっかくこの時間まで特に問題もなくいたんだから最後までこっそり食べてこっそり帰りたかった。もうそんな事は今や手遅れな願いなのだろうけれど。

「あの。もう帰りますから、見逃してもらえませんか?」
「えっ、帰ってしまうんですか」
「え、あ、まあ…そろそろ門限なんで…」

てか女装男が門限とかキモいにも程があるだろ。
自分の発言に胃がムカついて顔を顰める。ハンサムは少し困ったように眉を寄せると、なら。と手を差し出した。

「一曲だけ、お付き合い頂けませんか?」
「本当、反省してるんで、今後はこんな、女装…とかしな………は?」
「ダメ、ですか?」

この人は、一体なにを言ってるんだろうか。
呆ける俺に、なにを勘違いしたのか男は綺麗に微笑むと俺の手を取り会場の中心へと手を引いて歩いていく。
ぎょっとしながらその手を振りほどこうとするが力は強い。慌てて制止の声を上げるが男はただ笑うだけでなにも答えやしなかった。

「ちょっと、あんた、なんなんですか」
「お名前、聞いてもええですか?」
「…嫌です」

勝手にステップを踏んで曲に合わせて踊り出す男に、もはや付き合わざるをえなくなってげんなりする。マジでなんなんだろうか。女装だと気がつかないはずがない、まさか恥をかかせようとしてるのか。こいつもあの魔法使いのように変な訛りだし、もしかしてグルなのでは?
女の格好をして女役の踊りを踊るなんて一生の不覚というか恥というか。今夜のことはなかった事にしよう、これを踊り終えたらすぐに帰って風呂に入って、すぐに寝ようと思う。そんで昨日は変な夢みたなーっていつも通りの朝を迎えるんだ。よしそれがいい。それから、フルーツ盛りは帰り際に手で摘んで帰る。もうマナーも何も関係ないだろう。とにかく早く終われと心の中で念仏のやつに説きながら仏頂面でただ黙ってステップを踏んでいく。(ちなみに俺に女役のステップを叩き込んだのは姉貴だ)


そんなこんなでようやく曲も終盤に差し掛かったところで気を抜いたのが悪かった、不意に男と目が合ってしまった。
俺よりも少しだけ身長の高い男はやはりハンサムでその整った顔に笑みを浮かべた。
なんだ馬鹿にしてんのかこいつ。事故のふりして足でも踏んでやろうかと思ったが、僻みだと思われても癪だし、変に揉め事は起こさない方が身のためだろう。あと何秒か、適当に流しておしまいだ。そう思ってため息を吐き出したところで男は上機嫌に何やらロマンチックな事を尋ねてきた。


「あなたは、運命を信じます?」
「はあ、運命ですか。いや、信じませんね」
「俺は運命は自分で手繰り寄せる物だと思ってます」
「…そうですか。それじゃあ、俺はこれで」

わけのわからない運命論を説かれて長引くのだけはまっぴらごめんだ。曲が終わり、ステップは止まる。男は余韻に浸ってるのか暫くそのまま手を離さずにいたが、周りも少しざわつき始めたのを見計らって男の手を離してさっさと背を向け歩き始める。あの感じだと追ってきそうだよな、面倒だなと思いながらブュッフェ式に卓上に並べられたデザートの中からフルーツの苺を一粒摘んで口の中へ放り込んだ。
口の中に甘酸っぱい旨味が広がる。やはり最後にはスッキリとしたフルーツがぴったりだった。正解だ。
人混みをかき分けてパーティ会場の出口を抜けて、外へ出た。そして、0時の鐘が鳴る。


「待って下さい!」

静かな夜に呼び止める声が響き渡る。
ぎょっとして振り返るとやはり、案の定と言うか。男は必死な顔で俺に手を伸ばす。俺はその手から逃れるように階段を下っていくが、慣れないヒールで足場の悪い俺はいとも簡単に、男に腕を掴まれてしまった。

「っ、離せよ、俺はもう帰らなきゃなんねーんだよ!」
「せやったら、また俺と会うて下さい」
「あー、あーまあまた今度、今度ね」
「ホンマに?やっ、たー。すっごく嬉しい、です」

噛みしめるように喜ぶ男にかける言葉が見つからない。もう二度と会う事はないだろう、だってこの男は俺の本当の姿を知らないんだから。どうやって会うと言うのだ、女装姿の俺からいつもの姿を連想し見つけ出すのなんて、そんなの不可能に近いだろう。少し哀れに思うが、その間にも鐘の音は鳴り続けている。やばい、それこそこの場で魔法が解けたら洒落にならない。

「それじゃ、また…」
「まって。」
「っ、離し、もう時間が…」
「これ、頂戴します。必ず、迎えに行きますんで、まっとってくださいね」
「はあ?あっ、ちょっと!!」

男はその場で跪いたかと思うと俺の足からガラスの靴を奪い取った。約束、と呟いて透明なガラスの靴に愛おしげにキスを落とす男。ちょっと鳥肌が立った。
靴を奪われるという予想もしていなかった行動に呆気にとられるが、本当にもう時間がない。たかが片方の靴を取られたくらいで、俺のことを見つけ出せるわけがない。嫌な予感を振り払うように、そう自分に言い聞かせて、俺は階段を駆け下り男から逃げたのであった。


そうして、俺の(悪)夢のような一夜がようやく明けたのだった。





続くかも。女の子で別相手verも書く予定。パロ楽し。
ちなみに本当に王子。行動が早いから、主人公が朝起きたら既に御触れが出回ってるので悪夢は続く。
魔法使いは小春。書いてから思ったけど小春とグルだといい(前から好きだったけどもっともな理由を作るために仕立て上げられた。運命手繰り寄せてるね)


(ガラスの靴を無理やり奪う王子様)