ゲス兵長
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「で、てめぇはなんでそんな生意気なんだ?あ?」

「いっ、たっ、そこ、アザになってるから、痛いからっ」

リヴァイの手が横腹を掴んだ。その容赦ない力加減に脂汗が滲む。苦痛に顔を歪め、どうにか横腹を抉る手を外させようとするがリヴァイはそんな俺を鼻で笑い更に手に力を込めた。

「てめぇは馬鹿か、わざと痛くしてんだよ。俺が来いって言ってんだ、一回で応じるのが筋だろうが」

「わ、かったから!悪かった、次から気をつける」

早く手を離して欲しくて半ば叫ぶようにそう言うとリヴァイはゴミでも見るかのような冷えた目で俺を見つめ、横腹を掴む手の力を抜いた。
ようやく解放された痛みにホッと息をつく。リヴァイはそんな俺の横を通り抜けると机の上に置いてあった紙を一枚掴んで俺へと突き出した。

「これ…」

「エルヴィンから預かった書類だ」

「本当にあったのか…」

部屋に呼び出すための口実だと思っていただけに、この書類の存在には驚いたのだ。つい口から出た本音にリヴァイが眉を上げた。おっと、まずい。また機嫌を損ねてしまえば面倒な事になるというのに、俺は本当に全く学習をしない。リヴァイの今にも噛み付いてきそうな視線から逃れるように受け取った書類に慌てて目を落とす。なんて事ない、ただの作戦書だ。エルヴィンもまた余計な事をしてくれた。これくらい直接手渡せばいいというのに全く。

「それじゃあ、俺はやる事があるから…」

「おい待て。次の壁外調査の時に不審な死を遂げたくなければ今ここで死ね」

「だっ、そんなのどっちも嫌だといつも言ってんだろ?最近のお前ほんとわけわかんねーよ」

「うるせえ、キャンキャン喚くな。てめぇに拒否権はねえ」

「は、ぁ?!理不尽にもほどがっあが」

以前から何度も提示されているわけのわからない選択肢にに抗議するため前のめりになったところで、異常な速さで顔を掴まれる。そして状況を理解するよりも前に、そのまま押し込むように、後方にあったベッドに押し倒された。後ろにベッドがあったのは幸か不幸か、もしベッドがなければ俺は頭を床に打ち付けていただろう。馬にも立体起動装置にも普段から乗っていて体幹には自信があったというのに、この男は俺の一瞬の隙をついて体勢を崩してきやがった。この化け物め。
すかさず横になった俺の腹の上に片足を乗っけ体重をかけるリヴァイにうめき声が漏れる。腹もきついがとにかく、一刻も早くこの顔を押さえつける手を外させなければ顔の骨が折れてしまう。
内臓がやられてしまうのを腹筋に力を込める事で必死に防ぎながらも、顔を上から押さえつけるリヴァイの左手を両手で剥がしにかかる。が、その小さな体のどこに力があるというのか、押さえつけられた腕はビクともしない。ふざけた野郎だ、キチガイめ。抗っても何にも変わらない圧倒的不利な状況に奥歯を噛み締めた。

「お、まえは…何がしたいんだよ…っ」

「いいか。てめぇは俺のために死ね、それが出来ねぇならさっさと死ね」

「頭、湧いてんじゃねえのか…俺の心臓は、とっくに王に捧げてんだよ…!」

「そうか、なら死ね」

こいつ、本気か。
掴まれた手の隙間から見えるリヴァイの冷え切った瞳に血の気が引いた。この目は殺しをも厭わない、本気の目だ。俺はこのまま頭蓋骨を割られて死ぬのだろうか、そもそも人の力で頭蓋骨って割れるのか?甚だ疑問ではあったがリヴァイは化け物だから、やりかねない。
そこまで一瞬で考えてから、俺は考える事をやめた。俺にはリヴァイの考えることなんて到底理解できないのだから。

「わかった、お前のために死ぬ。それでいいかよ」

「決めるのがおせぇ。が、いい。許してやる」

「っ、」

顔を掴んでいた手がゆっくりと外される。
腹の上に足は乗っけたまま、上から見下ろすリヴァイは相変わらずの目つきだったがどこか機嫌がよさそうにも見えた。

「あの、リヴァイ…」

「あ?なんだ」

「具体的に、お前のために死ぬとは一体どういう事」

リヴァイの代わりに巨人に食われるって事だろうか。リヴァイの場合そんな存在がいた方が邪魔で動きづらいだろうに、全くわけがわからない。それにしてもいつになったら足どかしてくれるんだ地味に重いんだが。

「そんなのはてめぇの頭で考えろ」

「はぁ……ぐぇ、っん、!?」

ほんの一瞬の事。
わけがわからないと不満を口にしようとしたところで腹に乗っかった足にさらに体重がかかった。息が詰まり、踏んづけられた蛙のような声を出すとすぐ目の前にはリヴァイの顔、そして彼は俺の口に噛みついた。

「いった…くない……はぇ?」

ついに傷口抉るだけではなく噛み付いてくるようになったかと何か嫌味の一つや二つでも言ってやろうか思って口を開いたところで疑問に思う。噛んだ、というより歯を立てたという感じで、噛み付かれたというか、…なんだ今のは。

呆ける俺の事など興味も湧かないというようさっさと離れていくリヴァイの顔は変わらず澄まし顔で、俺の上に乗っかった足をようやく退けた。

「そろそろ会議の時間だ、行くぞ。お前は今回の壁外調査のメンバーからは外されるだろうから俺がいねぇ間に自分の部屋を掃除しておけ」

「はあ。…いや、でも、今回うちの部隊が物資の輸送を担当するはずじゃなかったか?」

「お前が気にすることじゃない。てめぇは与えられた役割りをこなしていればいい」

「はあ…」




こんな不審な出来事が起こった一週間後、俺は部隊長から副兵長という謎の役職に就くことになったのだが、それがリヴァイのために死ぬと答えた結果なのかはまだよくわからない。
ただ一つ言えるのは、きっとリヴァイが死ぬときはきっと俺のために死ぬのだろうなと漠然と思うのだ。