×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -



鍵穴に差し込んだ鉄がひんやりと指先を冷やす。
小窓から見える室内は暗い。それを横目で確認してから鍵を時計回りに回した。カチ、と鍵が開く音。ドアノブに手をかけて扉を開いた。

「ただいまー」

靴を脱ぎ電気のスイッチを押し会社の書類が入った重たい鞄を雑に床に落とす。もはや言いなれたセリフが喉から滑り出るがそれが他の人によって受け止められることはなく、誰もいない部屋に落ちていった。はっとする。
不自然に片付いた部屋、こんな部屋でも少し前までは物で溢れていて騒がしい部屋であった。元より俺は物は多いよりも少ないほうが好みだった。所有する物は多ければ多いほど手に余らせてしまうし何が大切なのかわからなくなってしまっていつの間にか大切なものを何処かへなくしてしまうから。だから本当に必要で本当に大切なものだけがあればいい、今までそう生きてきたはずだった。だから、彼女と共にこの部屋で暮らす様になって、ガラクタばかりを集めてくる彼女に呆れつつもそれを楽しんでいた自分に気が付いた時には自分の変わり様に酷く驚いたし、彼女の人を巻き込む能力に感心もした。しかしそれに気が付いたのは些か遅すぎたようでもう何もかもを失ってからだった。

「だから、いややねんなあ」

呟いた言葉は冷たい部屋にポツンと落ちていく。
一度手にしたものを手放すのは辛いことだ。そう言って何も持たないでいようとした俺と、たくさんのものを持ちたくさんの愛を与えた彼女。彼女との出会いがただ俺は逃げていただけなのだと思い知らされる。
しかしやはり失うということは辛いものなのだ。それは変わらない。今も昔も。確かにこの手に握っていたはずなのに、どんなに多くの物を持とうともこれだけは離すまいと強く大切に握っていたはずなのに。いつの間にかそれはどこかへ消えていく、失ってから初めて気が付くのだ。何もかもを失ってしまったことに。それがどれほど大切なものだったのかということに。それがなくては、自分は生きていけないということに。

「ユウキ」

胸が苦しい。息ができない。まるで酸素を失ってしまった魚のように、醜くもがく。
口の中で呟く名前は愛しい人の名。俺の目の前から消えてしまった大切な人。もう、俺の元へは帰らない人。
卓上に置かれた合鍵に指を這わす。鉄の冷たさに頬を濡らした。

おわり