猶予はa.m.7:00
「そんでな、謙也、あいつその子の前で泣きはじめてな」
「ふは、変わんないな」
「赤いのか青いのかよおわからん顔色で走って出て行ったん」
「ふふ、・・・それはお前が悪いだろ」
「ええっ、俺?俺関係ないで、あいつが勝手にやったことやんー」
「蔵、お前いつからそんな薄情なやつになったんだよ」
「もともとこんなんやって」
「うそつけ」
「嘘やない」
「嘘だよ、中学の頃なんて先輩ーって謙也と二人で仲良く俺にべったりで・・・」
「ちょお、いつの話やねんそれ」
「んま今も大して変わんないか」
「やめえ」
「やめなーい」
「子供やないんやから」
「・・・ったく、どっちがだよ」
「・・・」
「式の前夜に夜更かしさせる、甘えん坊蔵ちゃん?」
「やめえって」
「クマできて見れない顔になったら責任とれよ」
「うっさいねん」
「おお、怖いねえ」
「寝ればええやんけ」
「んー」
「ほんま、ブスな顔していったらお嫁さんにちゅーしてもらえへんで」
「ああ、それはやばいな」
「だから・・・」
「あーはいはい、寝るってばねるねる」
「・・・」
「お前のそのぶーっさいくな顔が治ったらな」
「なっ、」
「いつものイケメン面が崩壊してて実に小気味良い気持ちですが」
「僻みやん」
「なんとでもどうぞ」
「・・・俺、そんなブス面しとる?」
「かなり」
「・・・はああ、ほんまかあ」
「蔵ノ介」
「ん?」
「別に嫁さんできても遊べるから」
「・・・」
「お前が会社決まったら飯連れてってやるよ」
「・・・」
「うちにもたまには遊びにおいで、嫁さんも歓迎してくれるよ」
「いかへん」
「お?」
「あんたんちにはいかん」
「・・・おっまえ、本当今日は特にひねくれてるな」
「しらん」
「はあ、手のかかる後輩を持ったな俺も・・・」
「俺は別に面倒見のいい先輩だと思ったことないねんけどな」
「このやろう」
「はあ、ほんま生意気な後輩やな、おれ」
「・・・本当だよ」
「もう寝てええって」
「うるせえ」
「もう満足。誰のものでもないあんたを十分独り占めできたことやし」
「ふうん、本当にいいんだ?」
「おん」
「明日からはもう違うんだぞ」
「わあってる」
「・・・ま、いいならいいんだけど。じゃあ俺寝るわ」
「ん」
「さみしくなったからって布団入ってくるなよ、蔵」
「はいらんわ、はよねろ」
「はいはい、おやすみ」
「ん。おやすみ」
猶予はa.m.7:00
それまで、誰のものでもない彼を―今だけは俺のものに。
「できたらええのにな、」
すでに聞こえてきた寝息に目を細めて、ベッドの上で眠るユウキさんを見つめる。
小学校のころから知っている、謂わば幼馴染である彼は明日結婚する。
俺を、おいて。
「さらってしまおか」
誰かのものになってしまうのならば、いっそのこと自分の手に。
何も知らず眠るユウキさんの首元へ腕を伸ばす。あともう少し、触れてしまう。触れてしまったら、どうしよう。本当にさらってしまおうか。誰も追いつけない場所まで二人で逃げようか。
「・・・阿呆らし」
無理だ、できない。
伸ばした手を止めて、自分の阿呆さ加減に一人苦笑を漏らす。
そのまま腕を刻一刻と時を刻む時計へと伸ばして、カタ、と音を立てて画面が見えてしまわないようにそっと伏せた。
END
幼馴染であって、先輩であって、大好きな人。