向こう見ずなでいだらぼっち
「誰がでいだらぼっちだよ」
困ったようにため息を吐き出しながらベンチに腰を掛けて遠くを見つめる級友から視線を外した。
小さなころ見た童話に出てきたでいだらぼっち。詳しい物語だとかは全然覚えてないけれど、なんとなく真っ黒な巨人のイメージだけは覚えている。
それから、ひとりぼっちの"ぼっち"にかけて、ひとりぼっちなイメージも。
「深い意味はないよ」
「うん、そうだろうとは思ってた」
じめじめと湿気の続く季節のせいで今日もまた昨日に引き続き朝から雨だった。
クラスの女子が、雨最悪、髪の毛がーなんて、体育館の端の方でボールを弾ませながら騒いでいる。実に楽しそうだ。
「橘って背、大きいじゃん」
「相羽も低くはないよね」
「水泳やってるから、筋肉もやばい」
「相羽はひょろひょろだね」
あ。と声を漏らす。
珍しく七瀬がシュートを決めた。いつも突っ立っているだけの七瀬だったけれど丁度いいところにいたみたいだ。
パスを受け取った七瀬はゴールめがけてボールを投げると吸い込まれるようにシュートは成功していた。
それからまたすぐにはじまるゲームの攻防に視線を移しながら湿気やばいな、なんてことを考えていた。
ぐっちょっぱでチームを決めたから、仲のいい七瀬と橘は離れてしまったみたいだけれど二人とも特に気にするでもなくそれぞれのチームに馴染んでいたから問題はないみたいだ。
「今日みたいな雨の日って水泳部どうすんの?」
ちなみに俺は帰宅部だから傘さしてとっとと帰るだけだ。
そんなことみんな聞かなくてもわかっているわけだから誰も聞いてきやしないけれど。
「筋トレとか、その時によるよ。今日は部活休み」
不意にベンチについた手に橘の手が触れた。
男二人でベンチに腰掛けてればそりゃ狭いわけだから、触れ合ってしまうのもしょうがない事なのかもしれない。
それでも、一向にどかそうとしない橘を不思議に思って視線をコートから橘へずらした。
「橘?」
「相羽」
触れ合った、違う方の手で顎を支えられて落とされたのは唇。
軽いキスだった。啄ばむ様なキスに目を丸めたのも一瞬のこと。気が付けば唇は離れ、さっきと同じ位置で橘が少しだけ赤い顔でにこにこと笑っているだけだった。
「今日部活休みなんだ、放課後デートしよ」
体育館に響くシューズの音とバスケットボールの音はタイム終了を知らせる合図の音にかき消された。
最近学校で買ったらしい、タイム測定できる機械だ。設定したタイムに合わせて笛によく似た、それよりも大きく通る甲高い音が鳴る仕組みらしい。
女子は体育館の端で湿気の話題で盛り上がっている。
男子は丁度今ゲームが終わったようだ。
俺たちの他のチームメイトもシュート練習をやめてコートへ向かって歩いてきている。
次は俺たちのチームと、今の試合で勝った七瀬のいるチームだ。
誰にも見られていない。
気が付かれていなかった。
「相羽ー橘ぁー!ゲーム始まるぞ急げー!」
体育教師の呼ぶ声に反応して、触れ合った手を離して立ち上がった橘の背を見上げる。
振り返ろうとはしない。
何か言ってやろうと思うけれど脳はうまく働かなくて口は動かず唇は熱い。ついでに心臓も。
それでも何か言い返してやらなくちゃ収まらなくて、橘が前を向いているのをいいことに、口をモゴモゴとさせてから唾を飲み込んだ。
「・・・頭おかしいんじゃねお前」
焼肉食べたい。立ち上がり、追い抜かし様にぶっきらぼうに言ってやる。デートなんて言わせるか。ただの焼肉だ。
どんな顔してるか見てやろう。からかうように笑いながら振り返った先にいた橘は立ち止まっていて、今度こそ顔を真っ赤にしていた。
END