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「あれを見て。ベガだ」



「見てこれ」

室内には俺と同僚だけが残る。漸く溜まった残業も終わり、暗くなった窓の外をぼんやりと眺めているときだった。
かわいくね?そうヘラヘラ笑いながら新型のスマホを持って近くへ寄ってきた同僚は自慢するように待ち受け画面を眼前に押し出してきた。
触れてしまうほどに押し付けてきたので若干切れながらユウキの腕をつかんで無理やりひっぺがえす。少しだけできた距離で漸く視線が定まり、画面内で捉えたのは幸せそうに笑う可愛い女の人だった。
まじまじと女の人を見つめてから同僚へ視線を移す。それからまた画面に映る女の人へ視線を移して。そんな無意味な行動をスマホの画面が暗くなるまで続けていた。


「・・・だから何だよ」

こっち(東京)へ出てきてあれほど訛りの強かった大阪弁も今ではすっかり矯正され、東京人となんら変わりない、自然な標準語が身に付き大阪出身であることは指摘されることも少なくなった。
それでも不思議なのは地元へ帰ると、今までのことがまるでなかったみたいに大阪弁の訛りは何ら劣ることなく、むしろ大阪を出る前よりも饒舌になる事だった。

「ただの自慢」

「阿呆。嫌味か」

「あれ?白石、まだ彼女できねえの?」

「さっぱり。モテ期は高校で終わったみたいでなあ」

ふうん。と興味なさそうに暗くなったスマホをスーツのポケットへ仕舞い込むユウキに、こいつは人の話を聞かない癖直さないのかなと苛つく。
小中高と順調にモテ、彼女にも困らなかった筈だったのに、社会へ出てどうも調子が狂ったみたいに彼女は出来なくなってしまった。
そういえばユウキと出会ってからだったっけか。俺に彼女が出来なくなったのは。
なんて他人に責任転嫁するのがいけないんだろう。それでも少なからずこの男にも非はあるはずだ。ああ、今だってモテないわけではないのだ。
自慢ではないが容姿は整っているし、それなりにスタイルも気にするようにはしている。喋りだって大阪で培ったものは並大抵のものではないと自負するほどだし、中高と強豪校の部活の部長になって部員を全国へ引っ張るくらいの上に立つ力も、信頼もある。
少々趣味の方が問題なのはわかってはいるけれど、それでも重大な問題はそこではない。
どれだけ俺という人間が完璧であろうとも彼女をつくるのは無理な理由があるのだ。それは他でもない、彼にあるのだ。


「嘘つけよ、お前昨日だって広報部の広瀬さんに告白されたんだろ」

「なんで知って・・・。・・・情報早いな」

あんな美人振るなんて、お前本当どんな趣味してんの?
若干引いたような、それでも興味の色を示すユウキにため息を吐き出す。
5年以上一緒にいて、彼の前で一度も彼女を作らなかったがためだけにこんな言われようだ。
そんな俺に比べて、ユウキには付き合いの長い彼女がいた。
俺が大学で初めてユウキと出会った時にはすでに彼らは付き合い、ラブラブだったわけだからもう5年以上は付き合っているのだろう。
今までユウキとつるんできていろいろな話を聞かされてきた。今みたいなただの惚気から喧嘩したという愚痴もあった。真剣な相談も聞いてきた。
随分長く続くカップルだと思う。
それでもお互いの愛は深い。そう考えて、無意識に唇を噛んだ。


「んでさ、俺さ、プロポーズしようと思ってるんだよね」

「・・・」

「結構待たせちゃってるし。ほら、アイツ待ち合わせの時もあんまり待たせると怒って家帰っちゃうような奴だから」

指輪も買った。なんていえばいいかな?
照れたように笑うユウキを気が付いたら、力任せにデスクに押し付けていた。今まで我慢してきたのに、何かのスイッチが押されてしまったみたいだ。
せっかくまとめた書類がユウキの重みでくしゃくしゃにつぶれている。ほかの書類の束もせっかく綺麗に整理して端へ置いておいたのに今の衝撃で床に崩れ落ち散らばってしまった。
面倒なことした。頭の片隅でぼんやり考えながら目の前に驚いたように目を丸め、喉をひくつかせるユウキの姿に無性に腹が立って、その乾いた唇に噛みついた。


「っ、」

「黙ってろ」

「お、・・・い、しら、っ」

「苛立つんねん。もっとはよこうしておけばよかったな」

ギラギラと今まで抑え込んできた、自分の中のどす黒い何かが大きく膨れ上がる。
きっと彼女よりも俺とユウキが早く出会っていればこうはならなかった。
たくさん考えたさ。どうすれば二人の間を裂けるかどうか。彼女を落とそうか考えたこともあったけれど、どうもユウキの愛を一身に受けている女だと思うと抱くなんて、気持ちが悪くてしょうがなかった。
待っていればすぐに別れると思っていた俺がばかだった。そうだ、はじめから力づくで奪っていればよかったのだ。

困惑と、恐怖の色に染まるユウキの瞳にどうしようもないほど興奮する。デスクに押さえつけられ、体を固めるユウキの首に手をかけて、笑った。


「ああ、ほんま殺してしまいたい」

たくさん待った。
ずっと隣で待っていた。
それでも俺を見ないのなら、いっそ殺してやる。
全ての穴を犯して、精神さえも殺して、息の根を止めて、骨の髄まで貪り尽くして。


「なあ、愛してるで・・・?」

誰よりも、何よりも。

ベガはそっちじゃない。
こっちだ。


END


こと座α星。こと座で最も明るい恒星で全天21の1等星の1つ。
七夕のおりひめ星(織女星)としてよく知られている。
わし座のアルタイル、はくちょう座のデネブとともに、夏の大三角を形成している

アラビア語のアル・ナルス・アル・ワーキ(落ちる鷲)が語源

引用:wiki