火が飛ぶ
今日はやけにじめじめしている一日だった。
朝目が覚めて、異様な湿気にカーテンの閉じた窓の外をのぞく。ああ、どうりで。
考えていた通り、のぞいた窓の外は大雨だった。
「・・・嫌な空気だ」
なんだこの湿気は。
ベッドに潜ったままの、不機嫌そうな男の声がくぐもって聞こえてくる。
せっかくの休日がこれでは台無しだ。それでもぐちぐちと文句を言っていたって気候をどうにかできるわけもないのだけれど。
「今日は一日部屋でおとなしくしてましょう」
「除湿器、ないのか」
「そんなものありません」
「このままじゃ空気が湿気ってて敵わない」
相羽、どうにかしろ。
ベッドから上半身を起こして、寝癖の付いた頭を掻くマスタング大佐に苦笑を漏らす。
いくら有能な部下だからと言って俺にもできることとできないことがある。
大佐のすぐ隣に腰を落としてベッドの中へもう一度潜り込んだ。
「発火できないんですか?」
「さすがにこの湿気じゃ無理だろう」
「ふうん」
休日なんだから発火布は使わないだろうに。そこまで機嫌が悪くなる理由がわからない。・・・いや、もしかしたら昨日飲み過ぎて二日酔いでも起こしているのだろうか。
まあどちらでもいい。宥めるように大佐の手を握って、そうだ。とすぐ隣に置いてあった発火布を装着させてみる。
「ちょっと、やってみてくださいよ」
「無理だ」
「いいから」
渋る大佐を急かす。
上裸に右手に手袋という異様な格好になった大佐に吹き出しそうになるのを堪えて待つ。
そんな俺の期待の眼差しに折れたのか、小さくため息を吐き出すと右手を少し高く上げて(多分布団に着火したら危ないからだろう)パチン、と音を鳴らした。
「・・・」
「・・・」
「湿気ってるんですね」
大佐は仏頂面のまま少し顔を赤くさせて布団の中にもぐりこんだ。
可愛いところのあるもんだ。潜り込んだ大佐の後を追うようにして俺も布団を頭まで被る。布団の中で再開を果たすも、薄暗いせいでよく見えない。
それでも、じゃれつくように大佐に抱き着いて、キスをした。
「・・・」
「・・・」
長い長いキス
寝起きのせいで体温が高いのか、熱い舌を絡み合わせる。
布団の中のせいでいつもよりも呼吸がつらい。どれくらいの間していただろうか、さすがに呼吸がつらくって布団から頭を出した時には、お互いふやけた顔をしていた。
「大佐、好きです」
「ああ。愛してる」
きっと今なら火くらい飛ぶだろう。
甘ったるい平和な休日の一息に、確かに大切な人と生きるという幸せを感じた。
END