傍迷惑な夢である
『てる、』
目に痛いほど真っ白な空間だった。
ここはどこだろうか、と一人ぼっちであたりをきょろきょろ見渡して、ふと聞こえてきた俺の名を呼ぶ声に上を見上げる。
まるで空から雪が落ちてくるように、何かがひらひらと漂い、そして足元にゆっくりと転がる。一体なんだろうか、不思議に思いながらそれを拾い上げようとした時だった。
屈んだ姿勢、背中の上にのしかかられたような重みがかかる。
姿勢が崩れそうになるのをグ、と耐えて半分切れながら後ろを振り返ったらそこにいたのはクラスメイトの相羽だった。
なんでお前が?と完全に呆けた顔で相羽の顔を見つめる。
俺と同じくらいの身長の男が、背中にのしかかっているのにあまりつらくはなかった理由はこの後わかるのだが、今はそんなこと気にもならなかった。
同じクラスで、喋ったことと言えばほんの数えるくらいだろう。別に仲が悪いわけではないし、むしろお互い友好的だ。ただ、あまり関わりがなかったというだけであって。
「・・・相羽?」
恐る恐る相羽の名前を呼んでみる。
しかし相羽は少しだけ悲しそうな表情をしたかと思うと、すっと俺の背中から離れて上を仰いだ。
なんか、胸が痛んだ。なんでそんな顔してんだよ。なんなんだよと一人もやもやして、でもどうしたらいいのかわかんなかったから相羽につられるように上を仰いだ。そこには何もない空間がただ広がっているだけだった。
『てる』
震える相羽の声にハっとしてすぐに視線を移したけれど、もうそこに相羽の姿はなかった。
***
目覚めは最悪だった。夢に誰か知り合いが出てくることはそう少ないことではなかったけれど、以前どこかで聞いた『夢とは記憶の整理である』という事実のお蔭かなんなのか、特段気にすることもなくいつしか夢は忘れ去られる。少しだけ疑問に思うことはあったかもしれないが、こんな胸の蟠り。最悪な目覚め。・・・初めてだ。
結局心臓に何かしこりみたいなものが残っていて、それは何分経ったって、何時間たったって消え去ることはなかった。
違和感の残る心臓を抱えたまま登校して、自分の教室へいざ入ろうと、珍しく閉められた扉に手をかけようとした時のことだった。
「あ、佐伯!」
廊下の先から少し大きめの声で俺の名字を呼ぶ声。
今朝の夢と重なる声音に心臓に固まったしこりがどくんと跳ねた。やばい、なんだこのしこり。
もしかして病気だろうか、そんなことをぼんやりと考えながら視線を移した先にいたのは、予想通りの人物だった。
「はよ、これ若ちゃんが佐伯にだってよ」
「あ・・・ああ、うん、おはよう」
きっと以前先生に頼んだ課題だろう。勉強したいからプリントを貰えないかと相談したのは記憶に新しい。
いや、今はそんなことはどうでもいいのだ。
噛んでしまった。どもってしまった。
固まる俺とハテナを飛ばす相羽に嫌な汗が背中を伝う。
ちょっと待ってくれ、だって、これは、いや、違う。今朝見た夢のせいだ。すべてあれのせいで、俺は、相羽を、
「?どうした?佐伯、なんかおかしくね?」
そう言って俺の顔を覗こうとしてくる相羽に顔に熱が集まっていく。
やばい、なんだこれ。どうなってんだ。
相羽から逃げるように踵を返す。あ、おい。なんて俺を引き留めようとする相羽の声が背中から聞こえてきたけれど、こんな顔見せられるか。
「っ、なんでもない!」
精いっぱい、間違っても声が震えてしまわないように強く声を出す。
そして行くあてもなく、教室に背を向けて廊下を駆けだした。
相羽ユウキがただのクラスメイトから、気になるクラスメイトになった日だった。
(実にはた迷惑な夢である。)
END