ノスタルジアと雀
「あー夾ちゃんみっけ」
ある日の昼下がり。雲一つない青い空を見上げるように寝転がる。3月の温かくなる直前の些か冷たい空気は澄み、少々冷えるもののこの季節にしてはぽかぽかと太陽の陽気が温かく風も少ないため、この少々固めのコンクリートの床も目をつぶれば寝心地は良い物であった。
「ちょっと、無視ですかー?」
「うるせえ」
この男が現れるまでは。
屋上の扉を開き俺を見つけ出したこいつはクラスメイトの相羽である。以前から無駄な絡みの多いやつだと認識はしていたがつい先日の事件を機に更に面倒に付きまとってくるようになったのである。その事件とは、その経緯を説明すると長くはなるのだが、簡潔に言ってしまえば自身の最大の秘密を知られてしまったことにある。
俺の不注意とはいえ全く関係ないクラスメイトに知られてしまうだなんて問題もいいとこである。大問題だ。本家に連絡せねばと思いあぐねて一週間。いまだ紫呉にさえ相談できていないから妙なものである。
「本当お前、間が悪いっつうか」
「まあまあ。また夾くんがにゃんにゃんになってるとこ見たいな」
「やめろ」
いまいち俺の、猫への変化の法則がわかっていない相羽には無駄な説明はせずにただの遺伝だと説明してある。適当にも嘘っぱちにもほどがあるのだが、そんな適当さにもなるほど、と何も考えていないように笑う相羽は特に突っ込む様子もなく次の授業の課題の話をしだしたのだから拍子抜けである。まあ言ってしまえばこの男は馬鹿なのだ。馬鹿で自分にも他人にも正直で、そんなところが現在うちに居候中の女に被るもんだからよくない。
「お隣よろしいですか?」
「・・・好きにしろ」
「それじゃ失礼!」
寝転ぶ俺のすぐ隣に腰を下ろす相羽。そこからぽつぽつ始まる会話の内容は実に下らないようなものばかりでそれを楽しんでいる自分がいることに気が付いたとき、少し前までの山籠もりのことを思い出す。
師匠と二人で只管修行をしていた毎日、話す相手は師匠だけで熊や木とは拳で語り合った。自然を体で感じ、少しずつ強くなっていくのを感じていた毎日。そんな日々が至高であると、そんな毎日だけが俺の生きるすべてだと思っていた。楽しさなんて、そこでしか感じられないと思っていたのに。
「はは」
友とこうやってくだらない話で笑いあえる日が来るだなんて、思いもしなかったんだ。
両手を空へ突き出す。空は手には届かない、手は空を切る。冷たい風が頬を一度だけ撫ぜた。
「空でも飛べたらなあ」
「?夾は猫でしょ?」
猫は空、飛ばないよ。そう言ってカラカラ笑う相羽に寝たまま一発蹴りを入れた。ぎゃーぎゃーと煩く喚く相羽を無視しながら今一度大空を眺める。
自由で大きな青い空。まるで天国のようだ。そんな天国へ目がけて飛び立つ小さな小鳥にひっそりと思いを馳せるのであった。
end