ねこの通り道
「はあ!?あんたたち、まだキスもしてないの!?」
「ばっ、声が大きい!」
心底驚いた。
そう言うように目を見開き両手で口を覆う友人の姿に若干の苛立ちと居たたまれなさに悪いか。と睨み付けた。
信じられない。口にはしないものの、その見開いた目が語る心境にため息を吐かずにはいられない。
高校3年生。夏。恋人歴4か月。友達歴6年。手をつなぐのは早かったから、キスも、えっちだってこんな感じですぐ済ませちゃうんだろうなって思っていたのが仇だった。
友達だった期間が長すぎてしまうと、こうも上手くいかないものなのかと何度頭を抱えたものか。付き合ってからもなんら変わりない扱いに、不安を覚えないわけがなかった。
「・・・本当に好きなのかな」
6年の友人関係に終止符を打ったきっかけは、謙也だった。
たまたま重なった帰り道、いつも通り他愛のない話をしながら二人並んで歩いて、たまに謙也が面白いこと言うと私が馬鹿みたいに笑って。
それで、突然謙也が忘れ物をしたのを思い出したように歩きを止めて、忘れ物?今から学校戻るなら一人で行ってね、と軽口を叩いて、だけど謙也は笑わなくて、それで、それで。
『俺な、ユウキのこと好きやねん』
このタイミングですか。すれ違ったおばさんにガン見され、庭の手入れをしていたおじさんには青春やなあってニヤニヤされて、下校中の小学生にはひゅーひゅーとか実に小学生らしく囃し立てられ中学生にはチラチラ見られ、ていうか普通に人通りの多い道のど真ん中で。
この男は馬鹿野郎だな。絶対こんなロマンのかけらもないような男とは付き合いたくないわ、とか思っていたのに付き合ってしまった私は本当に馬鹿野郎でした。
それでも思っていたよりもすんなりと謙也のことは好きになった。
びっくりするくらい、好き。なんでだろうって考えれば考えるほど好きになる。これが恋か、とニヤニヤもした。
好きになった。好き。てかもう大好きだ。
なのに、なのに。全く変わらない扱い。対応。生活リズム。
ケータイアプリのRINEは依然と変わらず、必要なことがある時しか送られてこないし、朝も帰りもたまたま重なった時だけ一緒に登下校。
お昼はもちろん別々だしデートも月に1回遊びに行けばいい方。
「・・・好き、なのかなあ・・・」
「・・・」
「好きじゃないよね、これ」
遊ばれてるんだ私。
ぐず、と鼻を鳴らしながら机へ伏す。必死にそんなことないよ、といつも通りフォローしてくれる友人はありがたいけれど、もうこれは確実だ。遊ばれてる。うわあん。
「ていうか4か月目を逸らし続けてきた相羽に完敗やわ」
「のん、白石君」
「4か月記念目の前にして、その悩みはあかんやろ」
隣の席でもある白石君の登場に一度は顔を上げるも、彼のセリフにもう一度顔を伏せた。図星すぎてつらい。白石君帰れ。
「なんか聞いてないの?」
「さあ?俺の口からはなんとも言えんわ」
わかっている。ちゃんと向き合わなくちゃいけないことくらい。
でも怖いから、怖いからずっと逃げている。よくないんだ。よくないんだけど。
「怖いんだもんんん」
「馬鹿ちんやんな」
わかっているもの。
呆れたようにため息を吐き出す白石君から視線を外して、ただただ昼休み終了の鐘が鳴るのをジ、っと待った。
END