名もなき愛
『ル、ルフレさんっ、あなたお母様からお父様を奪い取るつもりなんじゃ・・・』
顔を真っ赤に染めて俺のすぐ隣にいるルフレへと問い詰めるルキナのセリフにドキリと心臓がはねたのはつい先刻のこと。
荷物運びの休憩がてら俺とルフレが腰を下ろした場所がたまたまクロムの天幕のすぐ近くだっただけなのだがルキナの言動からして、それは普段から溜まっていた鬱憤だったらしい。
軍師と将軍。嫌でも近くなる二人の距離に将軍の娘ならば不安になってしまうのも頷ける。本人たちにその気がなくとも確かに二人の間には絆があるのだから。
ルフレは笑い飛ばしていた。ルキナは納得がいかない、と言わんばかりに詰め寄っていたけれど。
「・・・はあ」
あの時のルキナはルフレに対して感情が高ぶっていたから気が付かれなかっただけだけれど、俺のあの反応はまずった。
ルキナがルフレへ絡んで数秒、心臓は口から出てきそうだったし顔面は多分蒼白だったし、何より自分のことを指摘されているわけじゃないと知ってあからさまに胸をなでおろした。
こんなんじゃ、怪しまれても文句は言えない。
「ユウキ」
デカい手のひらが頭を撫でる。
普段はやらない行動に何事かと顔だけソチラへ向ければ、クロムは眠そうに笑っていた。
「何考えてるんだ?」
「いや、・・・次の戦いの策だよ」
そうか。
そう言って笑うクロムに、つられて笑みがこぼれる。眠いのかぼんやりと俺を見つめるクロム。ここ数日戦が続いていたから疲れていてもしょうがない。
上に立つ者とは息の抜けない運命なのだ。
「今は寝ておけよ、俺は此処にいるから」
敵陣のど真ん中にいる将軍の首を狙ってはきやしないと思うが、気は抜けないものだ。
安心しろよ、と意味を込めてクロムに笑う。頼んだ。そう呟くように言ってから数秒後聞こえてくる寝息に、ぼんやりと意識を飛ばした。
『ユウキさん。ずっと、ずっとお父様を支えてあげてくださいね』
王子の幼馴染の一人として。
将軍を支える軍医の一人として。
親友の一人として。
何も知らない彼の娘に言われた言葉は深く突き刺さり、俺はただ笑って任せろって言うしかできなかった。
戦友以上に、親友以上に。
俺とクロムを繋ぐ絆に、抱える愛に、名前はない。
END