隙間だらけの恋心
私は緑間くんが好きです。
もともと同じ中学校で、たまたま同じ高校へ進学しただけの間柄ですのでそんな大した関係でもないのですが。
高校2年生。進級してクラス替えを経て、なんと大好きな緑間君と同じクラスになることができました。だからと言って話しかけるなんてことはできませんので、いつも通り後ろから見つめるだけです。
中学から続けているバスケのせいなのか、緑間くんはとても身長が大きいです。
私はそんな彼の頭身なんかを考えながら絵をかくのが大好きです。
昔からあまり外で遊んだり大声で騒ぐことは得意ではない私は、友達も少なく昼休みは静かに限られたお友達とお話をしたり自分の席で本を読んだり絵を描いたりしていました。
今日はお友達のトモちゃんが風邪でお休みなので一人です。
お昼休み、自分の席で授業中ノートに描いていた絵を少しぼんやりと眺めながら、お昼ご飯どうしようかな、と考えていました。
教室の前から緑間君が出ていくのが見えました、ちょっとそっちに目を奪われてしまって気が付かなかったんです。
「っあ、」
横から私の方へ飛んできた、同じクラスの男の子に声が漏れます。
突然のことで、どんくさい私は何をすることもできずに地面に転びました。一緒に椅子も倒れちゃったみたいで教室内に大きな音が響き渡りました。
私の上に覆いかぶさるようにしているのは同じクラスの高尾くんでした。緑間君のお友達です。
「って・・・、あっやべ、相羽さんごめんっ!大丈夫?怪我ない?」
「あ・・・は、はい」
焦ったように立ち上がって、私を起き上がらせようとしてくれる高尾くんは少し怖かったです。
でも黙っているとややこしいことになることはなんとなくわかっていたので、ゆっくりと起き上がります。教室は静まり返ってしまって、視線が私と高尾君に注がれていることがわかりました。とても気まずくって、恥ずかしくて、逃げ出したい空気でした。
「おい高尾!お前なにやってんだよ!」
「お前が押してきたんだろ!」
「あ、相羽さん大丈夫?高尾がごめんね、変なとこ触られなかった?」
「まじ手とか洗ってきた方がいいよ!」
目が白黒でした。集まってきた高尾君のご友人に次々と話しかけられて返す言葉も待ったなしに次へ進みます。困ってしまって高尾君を少し見てみますが、高尾君も高尾君でやめろ、とか対応に追われてて大変そうです。私のせいです。口をぎゅ、と閉めながら倒れた椅子を起き上がらせました。
「あ、これ相羽さんの?」
一人の、名前の知らない男の子がそういいながらノートを拾い上げました。
開いたページに映るのは先ほどまで描いていた落書きです。まだ、だれにも見せたことのない自分の絵。動きを止める男の子に、体が止まって、顔に熱が集まっていきました。
「あれ相羽さん絵とか描くキャラなんだね」
「お、見せてよ!」
「てかこれって・・・」
男の子の中で回っていくノートに目の前が真っ暗になる思いでした。
今すぐノートを取り返して、どこかへ走って逃げたい。見ないでほしい。見ないで、見ないで・・・
「おい、やめろよ」
高尾君の声。
自然と下がってしまっていった顔、浮かんだ涙が落ちてしまいそうな時でした。
怒ったみたいな高尾君の声で、男の子たちはバツが悪そうな顔をしてノートを回すのをやめました。驚いて私は高尾君を見あげます。彼もまた、緑間君と同じバスケ部に所属していました。
「ほら、返せって」
「あ・・・わり」
ノートを持っていた男の子はおずおずといった感じで高尾君にノートを手渡しました。
その様子をぼんやりと眺める私に高尾君は困ったように眉を寄せて笑うと、はいこれってノートを渡してきました。
「本当ごめん、気悪くしたよな」
「あ・・・いや、大丈夫です、」
「てか足、傷できてるじゃん!保健室いこ」
「えっ、あ、あの・・・!」
高尾君は嵐みたいな人です。
私の返事を聞く前に、私の手を取って教室へ出口へと向かって歩き始めます。お友達には何も言いません。お友達と、クラスの人の視線がやっぱり私たち二人に注がれていました。緑間君が、この教室にいなくて本当に良かったです。
「あのっ、」
「本当ごめん、痛い?」
ノートを片手で胸に抱えて、高尾君に引っ張られながら廊下を進みます。
本当に擦り傷程度の傷なのであまり痛みはありませんが、高尾君がとても申し訳なさそうな顔をするので心がチクチクしました。
「だ、大丈夫・・・ですから、あの、手・・・」
「あ、手?いいの。離したら相羽さんどっか逃げちゃいそうだし」
「・・・あの、・・・逃げません、」
「いいからいいから」
結局つながった手は離してくれなさそうです。
手をつないだまま廊下を二人で歩きます。歩調はゆっくり。高尾君が私に合わせてくれているんだと気が付きました。
「あの、」
「ん?」
「す、すみません・・・」
「え、なんで謝るの?俺の方が悪いでしょ」
カラカラとおかしそうに笑う高尾君に目が奪われてしまいました。
本当におかしそうに笑うので、なんだか恥ずかしくなってしまってうつむきます。顔に熱が集まっていくのがわかりました。
「相羽さんさあ」
「・・・はい」
「絵、上手だね。真ちゃんでしょ?そのノートの」
驚いてつい高尾君を見上げます。
合ってしまった視線に私は体がすくみました。自然と立ち止まってしまって私たちは廊下で二人向き合う形になります。高尾君は真剣な目をしていて、やっぱりちょっと怖かったです。
「・・・」
「やだなあ、そんなに怯えないでよ」
「ご、ごめんなさっ、」
「相羽さん、真ちゃんだけじゃなくって俺の絵も描いてよ」
そう言って笑う高尾君に目を丸めました。
一瞬わけがわからなくって高尾君を凝視します。高尾君はだめ?と首をかしげました。
「あっ・・・え、た、高尾・・・くん、の、ですか?」
「あっ俺の名前知っててくれたんだ!そう、俺の絵!」
嬉しそうな顔をする高尾君は私の手をギュ、と握りなおしました。
少しまだ意味がわからないのですが、きっと彼は私に絵を描いてほしいのだと思います。
別にそう褒められるほど上手なわけでもありませんし、本当人に見せるものではないのですが、口下手な私には彼のお願いを断る術を知りませんでした。
「あ・・・が、んばります、」
「ほんと!うわ、超うれしい!」
そう言って手放しに喜ぶ高尾君はまた私の手を引っ張って廊下を歩き始めました。
そんな彼の様子を見つめながら、変な人だなあと少しだけ笑いました。
END