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或る男の手記 (KyungSoo)




 君はいつだったか僕に聞いたね。俺が死んだらどうする、と。その時僕は確か、普通に生活するさ、とでも言ったと思うのだけれども、僕がそう言った途端、君は何とも淋しそうな顔をしたよね。とっても正直に答えただけだっていうのにどうしてそんな顔をするのか疑問に思って、僕が君にそう尋ねたら、君は
「ギョンスが俺のために泣いてくれないのかと、ちょっと悲しくなっただけだよ」
と言って、今度は無理矢理に笑ったよね。
 僕は余計によくわからなくなったよ。君が死ぬのは喜ばしいことじゃないか。僕は君の瞳を真っ直ぐに見つめて、そう言ってあげたのに、それなのに、君はまるで息が止まったかのように目を見開いて固まってしまったよね。その時は一瞬だけ、君が本当に死んでしまったんではないかとさえ思ったけれども、やめていた瞬きをして君は
「ギョンスは俺が死ぬのが嬉しいのかい」
と消え入りそうな声で言ったよね。
 当然だろう? 僕は眉をしかめ間髪入れずにそう答えたよね。けれどもそうしたら何故か君はまた、何てことを言っているんだい、っていうような目で僕を見たよね。僕は君のそんな目を見るのは初めてだったから、とても気分が良くなったのだけれど、君は次に
「ギョンスは俺のことを愛していないのかい」
なんて、ぼろぼろと涙を零しながら言ったよね。
 信じられなかったよ。僕が君を愛していないだって、そんなの大きな大きな勘違い過ぎて言葉にするのも馬鹿げてるって思った。まあだけどさ、僕は優しいから、わかってくれていない君のためにさ、想いの丈を込めて接吻をして伝えてあげたんだよ。この僕の心の領域いっぱいに詰まっている君への愛を、愛を、愛を。
 けれども、そんな僕の気持ちも虚しく、君は困惑したようにその瞳を泳がせたよね。僕は非常にショックだったよ。だから僕は再度、どうしてまたそんな顔をするんだい、と尋ねてやったんだ。
 するとどうだ君はあまつさえ僕の恋人であるっていうのに、僕の言葉が信じられないと言うじゃあないか。その時ばかりは本当に、身を引き裂かれたような思いだったよ。いやもうショックなんてもんじゃないさ。それこそ、僕の方が死んでしまいそうなくらいだった。こんなにも、君を愛しているのに。君だけを、愛しているのに。君だけを愛し続けているっていうのにさあ、ねえ!
 と、僕はもしかしたらその時とんでもなく怖い顔をしていたのかもしれない。君は僕を見るなりはっと息を飲んで何やら考え事をし始めたよね。僕はすぐにいけないと思って謝ったのだけれども、君は僕の伸びてくる腕に怯え、身体を震わせながら
「まさか……俺の病気がいつになっても治らないのは……、」
と僕を見るもんだから、本当心底呆れちゃったよね。肩の力が抜けてさ、笑みだってこぼれてきてさ。何だよ、やあっと気がついてくれたんだね、って。まあもちろん、そんな勘の鈍いところも愛しているんだけれどね。ふふふ。
 でもこれも考えて欲しかったなあ。もし、万が一僕が君を愛していないとしたのならば、一体全体何の理由や目的があって、少しずつ少しずつ毒薬をプレゼントしてきたって言うんだ、って! この、愛という名の毒薬を!
 けれどもどうしてかまた君は言ったよね。動かしづらくなった手や脚で一生懸命に後退りしようとしながら、やめろ、やめろ、と首を振って、まるで僕を拒むように!
 その様子からするとまだ全然僕の気持ちをわかってくれてないみたいだった。君ってば僕を悲しくさせる天才だよね……、なんて。そんな風に思ったところで僕はああそうだと気がついた。君はいつだって素直じゃなかった、ということをね。ああだからこんなことをするんだな、とそこでようやく合点がいってさ。
 ああ本当に、君は一筋縄ではいかない人間だったよ。どれだけ僕が理解しよう、理解しようと励んでも、君はまるで解けることのないパズルのような人でさ。
    当然、そんなところも魅力なんだけれどね。いやむしろそんなところが好きだったのかもしれない。
 君が拒めば拒むほど、僕は余計にしたくなるのだから。それもこれも君が素直じゃないためで、でも僕は僕で気づいてあげられなかったりして、ついついやりすぎちゃったりなんかしちゃってさ。色々ご機嫌損ねちゃったりもしたなあって。今となってはそれも大事な思い出だけどね。
 と、まあ。話しが少し逸れてしまったけれども、ともかく。可哀想にもぶるぶると身体を震わした君を、僕はそうっと撫でててね。だけど、それでも君は嫌だとか言ったもんだから、僕はついつい秘密にしてたことを言ってしまったんだ。本当はそんなつもりはなかったんだけどね、君があんまりにも僕のことを理解してくれてないようだったから僕もさすがに傷ついたみたいでね。それでせめてもと僕の心うちを話してみたのさ。
 君と出会った日のこと。いつの間にか恋に落ちていた日のこと。君だけを心から愛するようになった日のこと。やがて、君の瞳に映る僕以外の全てのモノが憎らしくなってしまった日のことを。
 実はというと話していて少し恥ずかしかったよ。自分の気持ちを話すのは滅多にないことだったからさ。君もあまりこんな僕は記憶にないんじゃないかなと思う。だから君もすごく驚いてしまったんだよね、驚かせちゃって、ごめん。でもその代わりちゃあんと僕の愛は伝わったよね。だって君は感動して涙なんか流してくれてたからさ、もう最高に満ち足りた気持ちだったよ。
 愛おしくて、愛おしくってね、たまらなかった。ああ、もちろん、今もね。
 けれどもそのうち君は決死の力みたいなので僕の腕をはたいてさ、言うんだよね。
「出てってくれ……っ、どこかに、……たのむ。……夢だと言って、消えてくれよ……!」
 なーんてさ。結構乱暴な言い方だったよね。だけれども、僕はもう同じ手には乗らなかったよ。本音の建前なんだということはすぐに見抜けてしまったからね。
 僕は幸せの砂がさらさらと心臓に溜まって行く心地がしたよ。君の髪を撫で、君の頬を撫で、君のまなじりに溜まる雫を舐めて。僕は君を見つめて、君は僕を見つめて。残念ながら、君の人生を僕の愛から始めることは出来なかったけれども、君の人生を僕の愛で終わることはできるよと。君は最高のフィナーレを迎えられるんだよ、と微笑んで。今日が僕らの記念日だねってその唇をなぞりながら僕は言ったんだ。
 でも君は、そこで確かに言ったよね。呼吸が荒くなって、ぐるぐると視線を動かすようなって、ぐしゃぐしゃになってしまった声で、それでも、言葉にならない言葉を使って、僕に言ったよね。   ありがとう、嬉しい、……ってさ。
 ……うん、そう。きっとそうだった。ううん絶対そうで、間違いなくそうに違いない。いや、そうに決まってるね。
 だから僕は優しく君の手に口づけをしてこう囁いたのさ。
「さあ。最期の愛を受け取ってくれ」
と。
 そうして、君は僕だけのものになったんだよ。   永遠にね。




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