(す、き、だ) (MinSeok)
ごめん。お前のことは友達としてしか考えられないんだ。
「……ふう、」
疲労が溜まって重たくなってしまった身体をバスタブへ預け、そうして深くため息をついたならば、何故だか余計に疲労感に襲われた。もうもうと煙が立ち込める湯を掬い取り、もう一度顔にかけた。するとどうしても浮かんでくるのは、昼間のやり取り。
果たして、俺の言い方はあれで良かったのだろうか。
ゆらゆらと揺れる水面に映る自分の顔。けれど考えても考えても、その答えは出てこなかった。あんなことを言っておいて勝手なのは分かっているけれど、けれど……。
気がつくともうひとつ、俺はため息をついていた。
ごめん、と言ってしまった後のあのルハンの顔が、
揺れた瞳が、……どうにも頭へこびりついて離れてくれない。
ああ思い返しただけで肺の奥底へなにかが溜まっていくようだ。
俺はなんて残酷な言葉を彼に言ってしまったんだろうか。きっとルハンは俺が断るだなんて全然予想もしていなかったと思う。あいつは今の関係を壊してまで一歩踏み込もうとはしないだろうから、相当の確信を持って告白してくれたはずだ。
でも俺はそれを断った。
ごめん、と言ってすぐはルハンも理解できていないようで、そのまま俺の言葉を受け流そうとしていた。けれども、少ししてすぐ問い返してきて。「うそだろ、」って。あの大きな瞳を水膜で曇らせて俺を覗き込んで。
「……、……」
やはりお風呂は偉大だ。どんなに疲れが溜まっていても身体全体をあたたかな湯に包み込まれれば、心に出来た傷も、僅かながらであろうと癒えてゆくように感じる。
けれどもたった一つ挙げるとするならば、どうしても、ここを出て行く気にはなれないのが難点と言えることだ。この温もりを逃したくないからなのだろうか、先程から幾度となく湯を上がろうと考えてはいるのだが、行動に移せないでいた。
「駄目な奴」
水に映り込む自分の姿を掻き揺らした。波が生まれ、ぐちゃぐちゃに散ったその顔だが、しばらくじいっとしていればまたすぐに元通りになった。
「そんな顔で見るなよ」
散々考えた結果であの答えを出したじゃないか。たとえあいつを傷付けてしまう事になったとしても、長い目で見ればこれが一番正しくて、周りにも影響の少ない選択だと決めたじゃないか、自分で……。
それなのにどうして。
もう一人の俺に見つめられる。そんな顔、しないでくれ。そんな顔をされたら、俺がまるで後悔しているように思えてくる。
後悔なんかしてないさ。そうだろ。俺はあいつや、あいつの周りの事を考えてああしたのだから、後悔なんてしない。
そうだろ。だから、
「
……泣くなよ」
俺は水面の自分に笑いかけた。心臓がぎゅう、と締め付けられるように苦しくなった。頬を伝い、ぽたり、ぽたり、と落ちていく雫が大きな海原へと吸い込まれて見えなくなった。どうしてだろうか、こんなにも温もりに包まれているはずなのに身体が冷たいのは。縮こまって背を抱きながら息をすると、次第にがたがたと肢体が震えてきた。
「ルハナ……ごめん……っ」
浴室へ響くすすり泣き。胸が抉られるような痛みが襲ってくると、あいつもこんな気持ちを味わったのかと情けなく思った。
幸せになってもらいたくって突き離したのだけれど、今考えたらすごく、自分勝手だったのかもしれない。
ただ単に自分自身、より強い関係で結ばれるということが怖かっただけなのかもしれない。それは間違い無く、俺にとって喜ばしいものなのに。頭の何処かで、繋がった幸せの糸が切れてしまう時が来ると、やはり考えてしまっているようで。
ああこんな時、嫌に現実的な自分が悔しい。
ぐっ、と奥歯を噛み締めた。けれども、すぐにその虚勢のような力は足元から抜けていって、ずるずると崩れるようにして湯に溺れた。
ああ、目を閉じれば、上も下も無い世界。
息が出来ない状況なのに、不思議とさっきよりも心地良さに包まれた。そうして、温もりのなか目を開く。明らかな違和感はあるものの、しばらくすればそれも慣れてきて、遠く視界に現れた柔い光りの神秘さにまたしても涙が出た。
俺はきっと本当はわかっていたはずなのだ、あの時言うべきだった言葉を。
瞬きをする。口を動かす
三文字。言葉にすればたったそれだけのことなのに、それでも俺は恐ろしさを感じた。
そうして、唇の端から零れ出た泡が、ぼやけた視界の中で揺らめきながら消えて行った。