ひかりのうた (ChanYeol)
いま迎えに行くよ、両手を広げて
隠す事なんてないさ
僕の言葉を信じてくれ
ここで待っているよ、両手を広げて
わかってくれることを願うよ
僕にとって君の愛がどんなものか
両手を広げて
「……待って
!」
咄嗟に飛び跳ねて手を伸ばす。掴んだ。けれど、開いた手には何もない。
「……あ、」
指の間から見えるのは、よく見慣れた風景。ここは、俺の部屋だ。さっきいた夕暮れの教室も、彼も、そこには居ない。
ああ、また夢か、と俺はそこで気がついた。伸ばしっぱなしになっていた手がすとんと落ちた。
朝だ。さんさんと照らし込んでくる太陽の光の眩しさに、手をかざして、目を細めた。
最近、俺は夢を見る。それも毎日毎日同じ夢を。夕暮れの教室で、たった一人、窓側の机に腰掛けながら歌を歌う男の夢を見る。
その男の名前は、ビョン・ベッキョンという。同じ高校に通っているけど、知っているのは名前くらい。クラスも違うし、何より彼がいるクラスとは階も違うから、彼が一体どんな人物なのかはまるで想像もつかない。
けれども俺は、惹かれていた。話したこともない、彼に。
夢を見たのは何も突然というわけではない。俺が夢を見始めるようになったきっかけは本当にたまたまのことだった。
その夢の通りの光景を、俺は見たのだ。
夕陽の橙が射し込む教室で、ぽつねん、と彼が座って歌っているのを。
俺は彼がいるクラスのジョンデというやつに用があって教室を訪れたのだが、彼の歌う歌を聴いた瞬間、教室の入り口で動けなくなってしまったのだ。あまりにも、綺麗で。切なくて。
それからというものだ。俺はまるで恋に落ちてしまった少女のように毎夜、彼を夢に見る。だけどそれよりも気になるのは、その夢の続きだった。
彼は歌のサビまで歌ったあと、必ず、涙を流すのだ。そしてぼんやりとした顔をしておもむろに窓を開けると、なんと、そこから飛び降りてしまう。
だから俺はいつもその身体を掴もうとして手を伸ばしているのだが、今日もできなかった。するりとすり抜けていく彼の身体を今日も、見送った。もっと早く足が動いていれば、とは思うが、どうしても根が張ったみたいに足が動かない。
これを毎日毎日見るのだ。さすがに、偶然やたまたまなんて言葉じゃ済ませられないだろう。予知夢というものは信じてはいないけれど、彼が悩んだり苦しんでたりするサインを、もしかして神様が俺に送ってくれてるんじゃないかなあ……と思っていたりする。
そんなわけで、今日、俺は彼と
ベッキョンと話をしようと、彼のいる教室へやって来たのだが。
俺が間違いだったのかもしれない。
昼休みに、一目見てそうだとわかった彼は、むしろ、悩みとは縁遠いような人物に見えたのだ。
友達とはしゃぐ姿。大声で笑う姿。変な動きや声で盛り上げる姿。様々なひとたちと仲良さげに談笑する姿。
……そう、到底死ぬことなど考えるようなやつには思えなかった。
「俺の、取り越し苦労……」
「おっ。お前なにやってん」
「あ……ジョンデ」
振り返ると後ろにジョンデがいた。「べつに」と言うと、ジョンデは口を尖らせたけれど、なんとなくその場を離れ難くて、俺は初めて”彼”のことを聞いてみた。
「あのさあ、あそこにいるベッキョン……てやつ」
「ん?」
「あいつって、いつもああなの」
「は?」
ジョンデが困惑したように眉を歪めた。教室をちらりと覗くと、また俺に向き直って言った。
「いつもあんな感じよ。わちゃわちゃしてて、喋ったことあるけどめちゃおもろいし」
「……そう」
「それがどうしたん?」
「いや」
そうなのか。あいつがいつもあんな感じなら、俺が見た夢は本当に、なんでもない、ただの夢か。
だったら、どうして毎日毎日同じものを見せるんだ。神様。……いや、俺の脳みそ。
と一人で考えていると、いつの間にかジョンデがベッキョンを呼んでいた。
「なにジョンデ?」
「ベッキョナ、いやな、こいつがな」
目の前に、ベッキョン。間違いなく、オレンジに歌って、涙を流しながら飛び降りた、彼。
いざ目の前にすると何故だろうかとても緊張した。
「どうも……」
俺が小さくお辞儀をすると、ベッキョンもにこにことお辞儀をしてくれた。
小さい。ベッキョンの頭が俺の肩口の辺りにある。小さい。