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絆創膏、ばんそーこー (BaekHyun)




 授業開始のベルが鳴ってから少しして、保健室の扉が開いた。

「……また来たの」
「えへへ。だって、会いたくて」

 大きな図体を屈めながら、そう言って入って来たのは"お馴染み"、二年のパク・チャニョルだった。
 お馴染み、とはその言葉の通りである。彼は保健室の常連であった。
 しかし彼は決して身体が弱いというわけではない。保健室を訪れている理由が、全くもって健全な理由であったことはただの一度でもなかった。そう、つまり、彼は単なるサボり……だと俺は踏んでいる。
 まったく、悪びれもせず、ましてや冗談さえかますなんて。彼の顔を睨みながら、はあ、と大袈裟にため息をついた。
 ここはサボり場じゃないんですけど。
 そう、何回も言ったのだけれど、今回もまた来ているところからしてこの思いはどうやら伝わっていないらしい。彼がここに来るのは今週で何回目だ? と数えたところで頭が痛くなった。一日中いる、ということはないにしろ、やはり一日のうちの一時間は最低でも彼は訪ねてきた。もう、何度ヤツの顔を見たことか。つい先々週この学校に来たばかりの俺だったが、今、そんなこんなで彼の顔は誰よりも色濃くインプットされている。

「まったく……何だって保健室に来るんだよ」
「んー? だからさっき言ったじゃーん」

 勝手知ったる。チャニョルはひょいひょいと勝手に枕やタオル、布団なんかを取り出してきてはベッドへ置いていった。

「ほんとにさ、サボるならここじゃなくて図書室とかさ、部室とかさ、なんか色々あるでしょ」

 お前が来るたび担任のジュンミョニ先生がおろおろしながら相談しにくるんだからさあ、考えてやれよ。と、ため息混じりに言ってみるのだが、チャニョルは全くもって耳など貸さない。さっさと自身の寝床を作り上げていく。
 来室の理由は聞かなければならないから、当初は逐一彼に聞いていたけれど、彼の口から出るどれもは理由としては不当なものばかりだった。怪我でもなく、病気でもなく、いじめられているわけでもなく、授業がつまらないわけでもなく、ただ単に「ここが好きだから」とか「先生に会いたいから」とかふざけたことしか言わなかった。たまに廊下ですれ違う様子からして、彼がいじめられていたり、はぶられたりしている線はかなり薄いとは思う。ジュンミョニ先生が心配するようなことはないとは考えているけれど、その理由を、どうか聞いてきてはくれないかという悲痛な願いをされては彼をほっとくわけにもいかなかった。
 ううん、と伸びをする。今日こそは聞かなきゃなあ、とチャニョルを見ながら考えた。さすがに、彼が様々な授業で欠課をする報告を受けて、青ざめていくジュンミョニ先生をこのまましてはかなり気の毒だと思った。

「じゃ、おやすみっせんせ!」



 途端、背中へ手を回されてどん、と机に押さえつけられた。

   な、なにすんだ! ……は、離しなさいっ!」
「……せんせ、俺、病気かもしんないよ」
「んなわけない、お前は今日もただのサボりだよ! 身体は健康そのもの、ぴんぴんしてんだろうが!」

 混乱する頭の中、どうすればいいのかを考えた。けれども、一向に押さえつけられたままの身体は動かすことが出来ない。こんな時ほど体格差というものを心底恨みたくなる。
 チャニョルの手が俺の顎へと伸びてきた。まるで、大切なものを愛でているかのようにして、つうっ、と肌を撫でられると、仰け反って抵抗していた身体はびくりと止まった。思わず視線を上げたら、チャニョルの熱っぽい眼差しとぶつかった。

「先生……? 俺ね……、胸が痛くって……」
「や、……やめ、」

 一瞬緩んだ力の隙をついて身体を捻ったのだが、彼はそれを待っていたかのようで、すぐに肩を押され、抵抗する間も無く机の上に背をついた。置いてあった、ペンや体温計がばらばらと床に散らばる。

「先生のこと考えただけで、息が苦しくなって……」
「ふざけん……っ、冗談は……、!」
「……   好きなの、先生」

 瞬間、唇に熱い感触がした。急にクローズアップしたチャニョルの顔はあまりにも近くて、瞬きをしたら睫毛が頬へかするほどだった。
 咄嗟に胸を押し返した。離れていく、唇。名残惜しさなど感じない。ただただ襲った気味の悪さから、すぐに手の甲で口元を拭った。
 しいん、とした室内は、微かな衣擦れの音さえ聞こえない。
 肩に触れていたチャニョルの手に力がこもった。

「……先生」
   やめろ……」
「……せんせ、」
   やめろッ!」

 つい、怒声にも似たような叫びが口をついて出ると、チャニョルがびくりと跳ねたのがわかった。
 ふざけるなよ   
 心に渦巻く、重い、感情。ぎり、と歯を鳴らしてみたが、全身に立つ鳥肌が収まる気配はなかった。
 目の前の男の顔からみるみる生気が抜けていくのが手に取るようにわかった。こんな言い方をしてはいけない、こんな態度をとってはいけない、なんてことは俺にだってわかっていた。こんな風に拒絶することで、彼の心を深く傷つけてしまうのは簡単に予想できた。けれど、そうもできなかったのは、やはり俺がまだ未熟なのだからだろうか。今は、すまなそうな顔する表情にさえ心が荒立った。

「出て行きなさい」
「……」

 チャニョルの眉毛がびく、と揺れた。
    ……構わない。
 もう一度、息を吸った。

「今すぐ……授業に戻りなさい」
「…………」

 ようやく、チャニョルの手は身体から退いた。目は泳いでいた。茫然。そんな言葉がよぎるような雰囲気。
 だけどそんなものは余計に俺を苛々とさせる材料でしかなくて、机から降りたあと乱れた着衣を半ば乱暴に直し、大きく大きく溜め息をついた。
 開かれたドア。大きな図体が扉を抜ける。

「失礼、しました……」

 ドアが閉まるとき、ちらりとこちらを振り返った彼の目には気がついたが、見返すことはなかった。ようやく、ぴっちりと扉の隙間が無くなった頃になって初めて彼の消えた方へと視線を動かした。
 一体、何だったんだ。
 床へ散らばっているものを拾いながら、先ほどの一連の出来事を頭の中で整理した。けれども、今だに動揺しているのか、震え出した手からは ばらばらとボールペンが零れ落ちた。
    信じたくない。これが、今の俺の心境だった。本来告白されるということは大変に喜ばしいイベントであるべきはずなのに。それなのに、どうしてこんなに遣る瀬無いような気持ちにさせられなければならないのだろうか。
 絶対に、ヤツは俺をからかっている。なんの確証もなくこう言っているのではない。現にあいつは彼女がいる。彼の友達であるジョンデが保健室に来た時に、彼がそう漏らしたのを俺は十分に覚えているのだ。
 からかって、そんなに楽しいか?
 ドラマや漫画なんかでよくある教師いじめの一種なのだろうか。どうせ、どこかで誰かが見てるとか、カメラがあるとか、もしくは本当に恋人になった時にネタバラシをするつもりだったのだろうか。
 いや。どちらにせよ、腹立たしい。それは変わりない。
 がしゃん、と俺は乱暴にボールペンを鉛筆立てに押し込んだ。

「いった……」

 鋭く尖ったペン先が、知らぬ間に手に突き立っていた。ぷくり、と血が染み出す。痛い。   むかつく。
 渦巻く黒いものが心の内を穢していく。何だか、泣きたくなってきた。ぐしゃぐしゃと前髪を掻き回す。じんわり、涙が染み出した。

「ベッキョニ、先生?」
「……あ、……」

 聞き慣れた声に顔を上げると、いつの間にかそこにジュンミョニ先生がいた。ひどく、心配そうな顔をしていた。
 俺はすぐに目元を拭い、いつも通りの笑顔を浮かべた。

「ベッキョニ先生、あの、どうかされたんですか」
「ちょっと、目にゴミが入ってしまって。あはは」
「ああ、……目に、ゴミが」

 苦しい。苦しすぎる。けれどもそんなつぎはぎだらけの言い訳にも、先生は納得したかのような表情を浮かべてくれた。なんて優しいのだろう。きっと嘘だなんて、わかっているだろうに。
 まだ先ほどの感触が残る身体を動かして、椅子へ座った。手を差し出し、ジュンミョニ先生にも座るように促すと、彼は一礼したあと腰を下ろした。

「何かご用事ですか」

 そう言うと、彼は眉根を寄せた。

「その、チャニョルなんですけど」

 ぎくり、と身体が止まる。目をやれば彼はいかにも言いにくそうな顔をしていた。どうか、いつもの悩み相談であることを、と祈る。

「チャニョルくんが、どうか」
「……先ほどまで、いつもみたいに、ここにいました……よね?」
「ああ、まあ、はい……」
「それが、あいつ、急に帰って来たかと思えば……その」
「何かしたんですか」
「いや、そのまま席へ座って、涙を……流して」
「え?」

 涙?    そんな、嘘だろ。




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