WTF!? (JaeHwan)
うわああああああ!!
少し肌寒い秋頃の朝だった。メンバーたちのほとんどがまだ夢を見ているVIXXの宿舎に、突如ハギョンの叫び声が轟いた。
「んん……、」
その悲鳴を聞いて真っ先に目を覚ましたのは、ジェファンだった。
まだ起きたくないけれども、ハギョンの尋常でない叫びを知らんぷりして見過ごすのも気が引ける。眠い目をこすりながら辺りを見渡すが自分以外のものは身動きすらしていなかった。
無理に起こすのはかわいそうだから、ひとり、のそのそと声のほうへ向かって行った。
「ひょ〜ん……どしたのぉ……?」
「ああ! ジェファナっ、ジェファナっ、これ……! これ、ッ」
「……んぉー?」
ハギョンがバスルームからわたわたと慌てて出てきた。まだ開き切っていない視界で黒いもの(たぶんハギョニヒョン)がしきりに動いている。
だけど、なんだかいつもよりも彼が小さく思えた。中敷を入れていないからというわけではなくて、もっとこう、身体自体が……。
身体自体が?
瞬時に、ジェファンは目をこれ以上にないくらいひん剥いてハギョンを指差した。
辛うじて下半身は隠れてはいるものの、ハギョンは上半身裸だった。
けれどもそこには、男にはあるはずのない、ふくよかな、膨らみが
。
「きゃああああああああああ!!」
「
……と、いうわけで……」
「ヒョンが」
「女の子に……」
ホンビンが顔を真っ白にさせながらつぶやき、ウォンシクがいまだに信じられないといったような顔で言った。相変わらずのテグンは手を組んだまま押し黙っている。
「そうです……」
ハギョンが体育座りのままうなだれた。
普段の、百八十センチ弱ある身体とは違って、女の子になったハギョンは余計にちんまりと小さく見えた。いつもはちょうどいいはずの洋服はぶかぶかで、いまは袖が手の甲まで覆っていた。髪の毛は肩の辺りまで伸びていて、声だって変わっていた。それでもすごく高いわけではないが、やはり、男には聞こえない。
ふう、とサンヒョクが息を吐いた。
「ちょうど、活動が終わったからいいですけど……、これからどうするんですか?」
ううん。
サンヒョクの冷静な言葉にメンバーみな、大きく唸り声をあげた。ジェファンも、うーん、と眉を寄せたが、朝だからか頭も良く回らなくて、一向に解決策は見つからなかった。
それに、さっき、見ちゃったし……。
「……うわあああ〜……っ!」
先ほどの光景がフラッシュバックしてきて、たまらず床に転げた。
「何やってんの……」
ウォンシクがあきれ混じりにこちらを見つめた。脚をぎゅっと腕で抱いてすかさず、ハギョンが言った。
「今朝シャワーから出てすぐ、……その、会っちゃって」
「へ?」
ウォンシクが間抜けな声を上げた。
「というと?」
サンヒョクが指で遊びながら、あまり興味無さげに尋ねた。少しだけ口をこもらせてハギョンが言った。
「あ、えっと、下は履いてたけど……、上は……裸で」
「
うええええええ!?」
「うるさい」
驚きに叫んだホンビンの頭をテグンが華麗にすっぱたいた。彼は、すんません、と謝って頭をさすり、すぐに床を転がっているジェファンのほうへ視線を合わせた。
「……ま、み、みた、みたの?」
ジェファンはホンビンの問いかけにゆっくりと頷いた。ホンビンが驚嘆の声を上げる。そしてそのまま、ソファに沈み込んで何故か、足をばたばたとさせた。
ため息をついた。真っ先に行くんじゃなかったよ……。ジェファンは自分の良心を少し後悔していた。
生きてきて、女の人の裸を見たことが無いとは言わないが、それでも、直接生で目にするのは初めてのことだった。
いくらそれが、その人が自分のヒョンであったとしてもいまは完全に女なわけだから、それを見てしまった自分もなんだか申し訳なさを感じた。
でも、胸、案外あったなあ……って、何を考えているんだ。ジェファンは邪なことを考え始めた頭を抑えて右へ左へ身体を動かした。
「ごめんな、ジェファナ」
ハギョンがこちらに這い寄って、すまなそうに謝った。その声に視線をあげれば、間違いなく見慣れたひとの顔であるのに、明らかに違う身体へ目が行った。
視線を合わすことができずに、曖昧に、こちらこそ、と唇を噛んだ。
「しっかし、まさかハギョニヒョンが女になるとはなあー!」
大袈裟に笑いながら、ウォンシクがホンビンの上に乗っかった。ぐえっ、とかえるが潰れたような声が漏れた。少しだけ、テグンの頬が上がる。
「いったい何したんですか、ヒョン」
唇を尖らせて、サンヒョクが聞く。ハギョンは困ったように眉を寄せて「わかんないよ」と落ち込んだ。
しいん、と宿舎が静かになった。
「まあ。理由はわからないけど、しばらくしたら戻るでしょ」
か細い声ながらもそう言ったテグンの声は、すぱり、とみんなの不安を切り捨ててくれた。みんなが笑顔を浮かべ、各々頷きを返す。大袈裟に目元を拭いながら、ハギョンがありがとうと言った。
「なに、ヒョンのせいじゃないじゃん」
少ししょげているハギョンの肩をウォンシクが軽く叩いた。こういう時ばかりはさすがのウォンシクでもハギョンのことを責めたりはしないらしい。ハギョンはとても嬉しそうに笑った。
「まあでも、そしたら今日の映画はやめにしないとね」
「え!」
実は今日は活動もひと段落したということで、休みをもらった日であった。せっかくだからみんなで映画でも観ようかといろいろ話してはいたのだが、ハギョンが女の子になってしまった以上外に出すのは危ないだろう、というのがサンヒョクの考えだった。
けれどもそれを聞いたハギョンはサンヒョクに詰め寄った。
「いやいや、確かにわかるけど、ヒョン抜きで行ってきなよ!」
「それはだめでしょ〜。仲間外れじゃないですか」
「や、やさしいな……。だけど
うーん、あっ! じゃあいいかどうか聞いてみるから!」
「誰にですか?」
「マネヒョン、待ってて!」
ハギョンは自分のせいで弟たちの楽しみを潰してしまうのをなんとしても避けたいようだった。彼は昔からそういうところがある。つくづくリーダー気質だなあ、とジェファンは感じた。
仕事で不在のマネージャーへ、ハギョンが電話を掛けに行った。
彼の姿を見送りながらも、行方がどうなるかはわからなかった。というかむしろ、まず信じてもらえるかどうかが怪しい。
別にまた行けばいいのになあ、と思っても、きっと彼はそうは思えないのだろう。
「なんでああなっちゃったんだろうね」
ぼうっとソファにもたれかかりながらつぶやいたホンビン。ウォンシクがさあな、と返した。サンヒョクは口元を隠してけらけらと笑った。
「なんか食べたのかな」
「なにを?」とウォンシク。
「ヤバイやつ」
「なんだよそれ」
「昨日マネヒョンが買ってきた、めっちゃクサイやつ」
「ああ〜! はっはっは!」
サンヒョクが陽気に笑いながら言うものだから別段大しておもしろくもなんともないことだったが、くすりと笑いがこみ上げてきた。少し淀んでいた空気が末っ子のおかげで明るくなった。
サンヒョクがにやにや顔でにじり寄ってきた。
「で? どうだったの?」
「え?」
「んーもう、ヒョンたらあ!」
とぼけてはみたものの、サンヒョクが何のことを言っているのかくらいはわかった。だが何となく、口にするのは重かった。サンヒョクが胸元へ手をやり、両手で宙を撫でる。それを見たウォンシクが彼の頭を叩いた。いってー、とサンヒョクは頭をさする。
「だって気になるじゃん!」
「マンネが気になっちゃだめなの!」
「ヒョンたちだって気になってるじゃないですかぁー!」
「ヒョンたちはいいの! ヒョンだから」
「けちけちけち」
「ああ、ヒョギ……。お前も男だなあ……」
ホンビンがううっと目元を抑えた。けれどもいつも通り、サンヒョクはへらへらとかわいらしく笑っている。
話せと言われたら話せるけれど……。果たして話していいものかどうか。
「いいじゃないヒョン〜。元は男なんだから〜」
ね、とサンヒョクが腕を揺さぶる。そうだ、元は男なのだから別に話しても……構わないか。
ちらりと後ろを振り返った。ハギョンの姿は見えなかった。部屋のほうで電話をしているらしかった。
みんなを手招きして口元に指を立てる。テグンまでもが興味ありげに耳を傾けた。
「けっこう、おっきかった」
「おおー!」
「まじ?」
ジェファンの言葉に謎の歓声が上がる。サンヒョクが喜んでるんだかなんだかよくわからない声で笑いながら「でも何かきもいー!」と腹を抑えた。
ウォンシクがそばに寄ってきた。手で"例の"大きさを表す真似をした。
「こんくらい?」
「んん、こんくらい」
おーまいがー。とでも言いたげに両手で口を抑えたウォンシクはそのまま固まった。目がひん剥かれている。きっと見たのが自分ではなくてウォンシクやサンヒョクだったならば、と考えると恐ろしくなった。
だけど女の子になってしまったハギョンを見たときに、少しどきりとしてしまったのはジェファンだけの秘密だった。いつかの番組でやった女装の時もそう思ったけれど、女の子になったヒョンはかわいい、と思う。
にしてもさっきの胸
。つい、自身の胸元へ手を当てたジェファン。褐色の肌が頭にちらついた。
「
ばか!」
すると後頭部に衝撃が走った。すぐに振り返ると、腕を組んだハギョンが後ろに立っていた。みんなが笑う。ハギョンは長い髪を不機嫌に揺らしながら、どさりと隣へ座った。
小さな身体だな、とジェファンは思った。
「ひとのいないとこで勝手にひとの話ししないでよ!」
ぷりぷりとした口調で喋るハギョン。いつもは少々(言葉は悪いが)うっとうしいと感じるのに、なぜか胸がきゅんとした。見れば、なんだか他のみんなも頬が緩んでいる気がする。
ジェファンはとりあえず首をこてりと折って謝った。すると、唇を尖らせながらもハギョンは「許す」と漏らした。
「でもヒョン」
今度は何を言い出すのか。心配そうにどぎまぎとするホンビンの腕へ抱かれたしましまうさぎが徐々に潰れていく。
「こんくらいなんでしょ」
「何が?」
「おっぱい♥」
ハギョンが無言でサンヒョクの頭を叩いた。心なしかハギョンの顔が赤くなっているように見えた。
「からかわないでよ!」
「恥ずかしいの?」サンヒョクが笑う。
「あた、当たり前でしょっ!」
「いいなあ〜ヒョン身体見放題じゃない」
「マ、マンネがそういうこと言わないで……!」