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見てるのは (WonSik)




 ラビ、ラビヤ   と聞きなれない名前でそう呼ぶようになったハギョニヒョン、もとい、エニヒョンは最近どんどんその輝きを増していた。俺は以前にも増して、彼に芸能人としての"オーラ"を強烈に感じるようになった。そうしてなぜか、きらきら、ぴかぴか、綺麗な弧を描いて笑うヒョンばかりが眼裏に浮かぶようになってしまった。以前は全然気にもしてなかったのに、こんな風に考えたり思ったりするのは余計な私情が混じっているからなのだろうか。
 なんて、少し気味の悪い想像をする。
 けれどもまあしかし、彼は本当にすごい人だと思う。陳腐な形容詞でもってしかそれを表現できない自分の才が少し申し訳ないのだが、それくらい俺は彼のことを尊敬しているつもりである。
 何も知らない人たちや、俺たちに関心のない人たちからしたらなんてことのない、ただの黒い人だろう。だが一度でも彼に注目してしまったら最後、本当に溺れてしまう。
 別に顔だったりが精巧に整っていたり、あるいはぬいぐるみが如く、圧倒的なかわいさを持っているからというわけではない。まあこういうものは一概に言えないがただ、彼の言葉遣いや返し方、行動や仕草の端々からじわりと滲むあの不思議な、色気にも似たその艶に気がついたらころりとやられてしまうのである。そう、まるで毒気にでも当てられたかのように。
 あとさらに加えるとするならば、彼のリーダーとしての人格にも、ある意味惹かれるものがあると思う。その傾向はマイドル時代の頃からあった。単に年上だからというばかりでメンバーたちの統率をはかることはなく、ついていこう、ついていきたい、と思わせてしまう、ある種才能のようなものがヒョンにはあった。そんなヒョンだからこそ、ホンビンも思いとどまってここまで辞めずにがんばれたのだろうと思う。
 けれどもそうやって側にいてくれるヒョンではあるが、いざ手を伸ばしてみたならば途端にその距離を思い知る。近いように見えても彼は遥か遠く、遠く、そんなところから笑っているのだ。蜃気楼に揺らめくその姿を自分のものにしたいと掴んだとしても、広げてみれば結局、手のひらには何もない。それは彼との圧倒的な差でもあった。
 でもその差をどうしたら埋められるのか、俺には皆目見当もつかない。
 ふうう、と息をついた。窮屈で細長い個人練習スペースは割と心地よいので好きではあるが、四方から迫るようにも駆られるこの部屋では思考が極端になるようだ。いつの間にか俺は憂鬱な気分に犯されていた。そのまま後ろに頭を垂れると鈍い音と一緒に鏡の冷たさがぼんやりと伝わって来た。
 一向に進まない作詞の作業に嫌気が差して気分転換に余計なことを考えたのが悪かったみたいだ。なんでハギョニヒョンのことなんて考えたのかよくわからないけれど、この雲がかった心を晴らすのはたぶん、しばらく無理だと思って、いっそのことじっくり考えてやることにする。
 ハギョニヒョンといったら、まず思いつくのはやはりその黒さ……ではなくて、その、身のこなしではないだろうか。
 日本にダンス留学したというのがハッタリではないように、彼はいつもしなやかに踊る。ぴしりと軸のぶれない安定した動きと、指先まで気を抜かないことによって映える細やかな動作。彼がダンス担当で俺がラップ担当だから、彼のほうがダンスが上手くて、俺がそれよりも劣ってしまうのは当たり前なのだけど。ずるい、と思ってしまう。
 ハギョニヒョンが、それこそ何でも持っているように見えてしまうから。
 ぼんやりと書きかけの詩を眺めた。言葉の途切れた文の端で、それを生み出す棒が相変わらず点滅を繰り返していた。それがまるで俺に早く続きを書いてと催促するように見えてしまって、しばらくそいつを見続けた後ノートパソコンの蓋を閉じた。作業を始めたときは確かにキーボードのうえを、それこそ滑るように動いていたっていうのに。ううん何か変だな、ううんもっと良くしたいな、といった気持ちのせいなのか、そんな勢いはぷつんと途切れてしまったのだった。
 もう少し経ったらみんなで練習する時間が来る。けれど今日はまだ何の成果も挙げられていなかった。
 こんなんじゃ、全然   。よくわからない焦りに、いらいらとはやる鼓動を感じた。乱暴にノートパソコンを開く。そして、今まで書いていた歌詞を全て消去した。
 すると目の前の扉が開いた。重い頭をあげると、顔を覗かせてみせたのはホンビンだった。
「豆かよ」
「えっ」
 扉を開けただけのホンビンが困惑した表情をうかべた。
「なに、僕じゃだめだったわけ」
「あ……いや違うよ。そうじゃなくて……いや、ううん」
 けれどそんな言葉に反して、だんだんと広がっていく残念な気持ちに自分が"別の人"を待っていたのだということに気がついてしまった。それに自然とこぼれた自嘲を引き金にして、また別の笑みが生まれる。気持ち悪いと顔をしかめたホンビンに、俺はまた、なんでもないと言って笑った。
「ウォンシガ」
「ふふっ。さ、行くぜ?」
 今だハの字眉のホンビンの肩を抱き、俺たちはここよりも広い練習室へと向かった。



「うわあー! お腹すいたあー! ラーメン! ラーメン!」
 ぐつぐつ煮えて湯気立つラーメンにジェファニヒョンがたまらずといったように叫ぶと、テグニヒョンが無言で顔をしかめた。
 今日も練習を終えて、俺たちは無事に宿舎に帰ってきた。みんなへとへとになるまで踊って、歌って、汗だくになっていた。
 しばしば恒例となりかけているテグニヒョンお手製のラーメン。
 その匂いは軽やかに鼻腔をくすぐったけれども、何故だか今日は食べる気がしなかった。いつもなら腹が空いて空いて仕方が無いというのに、変ではあるのだが、もうすでにお腹はいっぱいだった。そうすると、もうすることがなくなってしまうのでシャワーを浴びることにした。シャワーの扉の前に寝間着を置いて、ノブをひねる。
「あれ? ヒョン、ラーメン食べないの? もうできるよ?」
テーブルを準備するヒョクが目を丸くしてこちらを見ていた。
「あー、体絞りたいから」
「あー。おおー」
 ヒョクはしばらく丸い目のままいくらか頷いたあと、ファイティン、と拳を握ってふわりと目を細めた。
「ヒョギもがんばれよ」
 そう俺が意地悪で言ってみたら、「あーあーあーあー」という音を発してヒョクはキッチンへ消えていった。再度ノブを回してバスルームに入ると、たくさんの汗を吸い込んで乾いたTシャツに手をかけた。
 そうしてシャワーを終え、さっぱりとした面持ちでバスルームを出ると、ラーメンが入った鍋がまだテーブルにあった。それは以前として暖かかったのだが、テーブルのまわりには誰もいなかった。片付け忘れた訳ではないだろう。しかもよく食べるメンバーたちが、特にテグニヒョンとかが、ご飯を残す訳がない。
「ウォンシガー」
 キッチンのほうからハギョニヒョンが現れた。若干驚いた。手には箸を握っていた。
「なんでご飯食べないの」
 きっ、と眉をしかめて質問をするヒョンだが、残念なことに逆光で見えない。
「体絞りたいからですよヒョン、最近食べ過ぎてるから」
 あながち嘘ではないが本当でもない言葉に加えて、俺はハギョニヒョンに笑った。ヒョンは訝しむように腕を組み、不満そうにまた口を開いた。
「食べなさい」
「いやですよ、太っちゃいます」
「食べなさあーい」
「あ、ちょっと逆光でヒョンが黒くて何言ってんのかわかんないです」
「な・ん・で・す・っ・て! 黒くてもわかるでしょうが!   いや、黒くないし!」
「あれ。あれ、ヒョンどこですか、ヒョーン」
「影と同化してないから、ここにいるから」
 やや変顔になりつつ冗談に乗ってくれるヒョンが笑える。このひと芸人気質なのか知らないけど、年下のからかいに怒らない年上なんてなかなかいないのに。込み上げる笑いに、固まっていた何かがじんわりとほどけていくようだった。
「とにかく、話が逸らされたけど」
 咳払いをひとつして、ヒョンが俺の目を射抜いた。
「何も食べないダイエットなんていけません!」
「はいはい、じゃあー、明日は食べますから」
「はい、は一回! ってそうじゃなくて今日から!」
「しつこいですねえ、エンジュンマさん」
「いいえ違いますぅーエンオンマですぅー」
 ヒョンと言い合いをする俺の視界の端でソファに座るテグニヒョンがこちらを見つめていた。そのまましばらくこちらを見たあと、また、手元のタブレット端末へとその視線は移っていった。そのときヒョンの口元が弧を描いていたような気がした。
「ラビ   ウォンシガ!」
 目の前の逆光のひとがこんなに俺に構ってくるのは、きっと、たぶん、微妙に違う雰囲気を感じ取ってくれたからなんだということは気づいていた。みんなでダンスを合わせるために練習室に行ったとき、ハギョニヒョンは何も言わず俺を見ていた。つくづく敏感な人だと思う。
 気づいてほしくなかった。けれど、気づいてほしかった。
「ああああ、わぁぁぁかりましたよ! 食べますから!」
 本当のことを言うと、気づいてくれるだろうと思っていた。というかむしろ、それは半ば見せつけというか、当てつけにも似ていた。ずるい人間だとは思うが、思い通りになったあたり、僕らのリーダーはやはり優しい。けれども果たして、彼が心配をしてくれているのはウォンシクなんだろうか、   ラビなんだろうか。
 ハギョニヒョンは俺の返答に満足気に微笑んで、何故かテーブルについた。あなたも食べるんですか。太りますよ。そんな言葉が浮かんだけれども俺の胃袋は打って変わって食べ物を待ちわびていた。お腹がすいた。
ハギョニヒョンがお箸をこちらに差し出してきた。
「ウォンシガ」
 そう呼んでヒョンは俺に微笑んだ。




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