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can you hear me? (HongBin)




 みんなずるい。僕よりもたくさんのものを持っている。努力によって手に入れたもの、元々の能力で生まれた頃から持っているもの、本当にそれぞれあるんだろうと思う。性格から、身体の作りから、声から、考え方から、何から何までみんなは持っている。例え外見ははっと目を引くようなものではないかもしれなかったとしても、中身が美しいのなんのって。
 デビューを勝ち取ってから日々を重ね、人前に出てゆく度に増してゆく実に見事に精悍なオーラ。彼らはついにそんなものさえ身に纏うまでになった。そう、まさに蕾が開花していくようにして。
    そう、それで、僕は?
 マイドルの頃から薄々感じていた僕の"力不足"とも言うべきメンバーたちとの差は、今でも縮まらない。正直なところ僕が受かったのは他でもないこの容姿のおかげだったのだろう。なんて、自分自身そう思う。誰か知らないひとからしたら、アイドルだから容姿が良いのはもちろんだし、それで選ばれたとしても負い目を感じることはないじゃないか、と言うかもしれない。僕はそれについて大きく否定はしない。
 しかし同意はしかねる。それは僕にとってあまりに重い枷なのだ。ふと気を抜いた頃に襲いかかる、自身への嫌悪感や苛立ち。これはメンバーとして選ばれなかった人たちへの申し訳なさと、メンバーとして選ばれたから故の申し訳なさ、そして自分自身のプライドと群衆からの視線によって生まれる。
「っ……、はあっ」
 ひゅう、ひゅう、と気道が間抜けに鳴いた。鉛が如く自由を失った四肢では立つのがやっとで、今膝に手をついていなかったらこのまま前のめりに倒れてしまいそうだった。息を吸い込むたびに肺が、腹が、痛んだ。荒々しいものの、それを鎮めるために規則的に呼吸を繰り返すが、もはや過呼吸になっていた気もする。顔を這って滴り落ちる汗の粒が真下の床に水溜まりを作っていた。
 頭がくらくらする。体が熱くて、だけど何故か末端は冷め切っている。
「……」
 顔を上げて鏡に自分の姿を映した。が、そこにいたのは汗だくで肩を揺らしながら苦々しく顔を歪めた情けのない男だった。
 紛れもない、僕の姿だった。
 上体を支えていた両手が膝から滑り落ちて、熱気を纏った体のままその場に崩れた。
 身体に張り付くTシャツの、なんと気色悪いことか。目を閉じて額を拭ったけれども、いくら拭ったところで一向に乾かない。ささくれ立つ心を抑えようと、自分より幾らか冷たい床にへばりついた。けれども少しすれば床は僕の熱を吸い取って同じように熱くなった。
 天井を見つめる。
 他のメンバーたちはあの小さな部屋で練習してるだろうか。小さな、小さな、息の詰まりそうな空間で。"あそこ"をウォンシクは好きだと言うけれど、僕はどうにも苦手だった。
 狭いから嫌なのだ。自分しか見えなくなるから、嫌いなのだ。もしかしたら上達したのかもしれないと、あの井の中の世界で自分に酔うように練習しても、その後には必ずと言っていいほど自己嫌悪に陥る。蛙は大海に出て、自らの愚かさを知るのだ。
 なかなか上体しない未熟な歌やダンスがどれほどみんなの足を引っ張っているんだろうと考えると吐き気がする。
 それは申し訳なさからなのか、プライドからなのか。それはわからないけれどもどちらにせよ醜いな、と思った。
 しばらくの間じっと、僕は床にのさばっていた。そうすれば体調も良くなるだろうと思ってそうしていた。けれどもそうなるどころかついにはくらくらと双眸が眩み始めてしまった。
 揺れる、意識の中だった。僕は無数の眩い光の中にいた。女の子たちの興奮した黄色い声がこだまして響く。何事かと辺りを見渡すと、ああ、何てことない、ステージの上だった。イヤホンから流れる音に合わせて僕は踊る、歌う   けれども、違和感。観客と一度も目が合わないのだ。視線の先には僕もいるのに、誰も、誰も僕を見てはくれない。こんなにがんばって歌って、こんなにがんばって踊っているっていうのに、どうして   ああ、また肝心なところで笑顔が引きつってしまった。が、カメラは何も言わずに僕を切り取る。未熟な僕を切り取る。醜い僕を切り取る。足手まといの僕を切り取る。僕の怠惰は映像となって世界中にばら撒かれ、半永久的に残っていく。
 僕という人間の汚さや傲慢さ、仕様もない自尊心や失敗、そんなものなんかが形としてあまたの瞳に焼きついてゆく。
 ああ、大きな黒い目が、怖い。怖い。怖い。みんなが笑っている気がした。あるいは、可哀想なものを見るような目をしている気がした。群衆が僕を囲む。逃げようと見回すが円の切れ目は見つからなかった。震えが足元からだんだんと大きくなっていく。終いにはうずくまってしまって、でも周りの黒い影は消えることなくて、たまらなくなった僕は、もうたくさんだと叫びつけた。
 ごめんなさい。ごめんなさい。みんなの足を引っ張ってしまってごめんなさい。評価を下げてごめんなさい。質を損なってごめんなさい。全部僕のせいなんです。わかってるんです。ごめんなさい。
 と、或いは。
 僕は悪くない。才能だ、才能のせいだ。僕には才能がないのだから、いや、がんばるにはがんばったのだけれど、それでも才能というものがなかったからできなかったのだ。はなから無理なことなのだ。
 と、ありったけの謝罪と言い訳を込めて怒鳴った。
 すると聞き慣れた声が聞こえてきた。ホンビナ、ホンビナ、と誰かがしきりに自分の名前を呼んでいた。
 群衆が消える。やがて世界には僕しかいなくなった。光も、女の子たちも、観客も群衆もいない、僕だけの世界。自然と胸がすくような思いがした。
 どうだ、ざまあみろ。そんな言葉を言ってやりたくなった。
 もう一度、誰かが僕の名前を呼んだ。振り向く。そこには人影があった。僕はゆるゆると立ち上がり、まるで引きつけられているかようにして向かって行った。
 立ちすくんでいたのは、僕だった。
 僕はぼろぼろと子供のように泣いていた。
 それを目にした僕は、無意識にその首に手をかけていた。




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