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白い月 (YongGuk)



重い気持ちで屋上の扉を開いた。その途端すぐに冷たい風が吹き抜けてきて思わず身震いをした。吐く息がしろい。パーカーのフードを深くかぶってみると、少しはましになった気がする。

真夜中、しいんと静まり返る雰囲気はなんだか不思議と胸が詰まった。夜は出歩くなと母親に言われていた頃が、遠い昔のように思えた。いまは、騒ぎを起こさなければいつ俺が外に出ようがとがめる人はいない。

しいんとした空間から謎の緊張を感じた。深呼吸をするたびに肺に染みるひやりとした空気はより一層それを緊迫なものにする。しかしそれでも何か楽しいと思えるのは高所にいるという高揚感からだろうか。

そんな雰囲気に一人で少し浸ったあと、開けっ放しにしてしまっていた扉を閉めた。ぎぎぎと鈍い音をあげて扉が閉まった。きちんと閉まったことを確認すると、俺は空を見上げた。夜空には綺麗な星がたくさん輝いていた。視力が悪くてはっきりとは見えないが、幾多の小さな光たちは美しかった。あれは何座だったかなあ……と中学校時代の理科を思い出してみた。まじまじと星を見るなんてあんまりないよな。最近は仕事ばっかりだし。ああ、星を見るだけで色々な疲れも忘れてしまえそうだ。
そして、「恋人ができたらこうして夜空を眺めるっていうのも悪くないな」と思った。

ふと、今朝の収録のことを思い出した。自然とため息がでた。俺から出た重いため息は白く変わって、そのうち消えていった。
ダンスも間違えて、歌もつまずくし、今日の仕事は0点だ、0点。あんなミスするなんて情けがない。
メンバーたちが、らしくない、と心配してくれたが、何よりそんな風に慰められる自分が惨めでかっこ悪いと思った。
やはり練習が足りないのだろう。もっと、もっとがんばらなければだめなのだろう。

ふうう、と大きく息を吐きだした。落ち込むのはもう終わりにしよう。俺ならできる、俺ならやれる。
心の中で前向きな言葉を繰り返し唱えた。自分を許して

俺は塔屋の上に登るために鉄梯子に手をかけた。しかし、予想もしてなかった冷たさに驚いて手を離す。両手を擦った。

「つんめてえ〜……」

きんきんに冷やされた鉄梯子にひとり文句をたれた。小さく言ったつもりの声が案外まわりに響いた。

俺はもう一度梯子に手をかけた。むかつくほどの冷たさを我慢しつつ、前より重くなった体を引き上げていった。

てっぺんまで、もう少し。

かじかむ両手を励ます。塔屋に登るのはデビューしてから初めてだ。練習生の頃は、ここではないけれど、よく屋上に忍び込んで登っていた。

高いところに立つだけで、何故だか嫌なもやもやが消えていく。なかなか上手くならないダンスにむしゃくしゃした気持ちをよく発散していたっけ。あれから……俺は成長できているのだろうか。

踏ん張って最後の一足を登り上げた。暖かさを奪われた手と手を擦り合わせ、ゆっくり、深く息を吐いた。

冬の冷たい風が吹く。

ああ、頭上に広がる星空が綺麗だ。
俺は上を向いたまま歩き始めた。
一歩、二歩、三歩。四歩目に差し掛かったとき、足が何かに当たった。

変な感触に違和感を覚え、下を向いた。
すると、そこには、

「お前、……」

「……、え、なに……だれ……」

ヒムチャンがいた。

いや、いた、というよりも、寝ていた。
それも、寒さの中で耐えられるような服装ではなくて、トレーナーとジーパンで。

驚きのあまりに俺はヒムチャンを見つめたまま、固まって立ち尽くした。

そんな姿を、ヒムチャンはちらりと見たが、何を言うわけでもなく、すぐに空に視線を移してしまった。

ゆっくりとしたまばたたき。
とろんとした瞳。


それらから推測すると驚いたことに、先ほどまで彼はここで眠っていたようである。

俺は屈んでヒムチャンの頬を触った。
ーー冷たい……。

散々冷やされたはずの俺の手のほうがあたたかいと思った。ヒムチャンはあまりにも冷たかった。
そして、どきりとするほどに無表情だった。

「ーーおい、お前、」

どうしたんだよ、と言った。
が、その言葉はヒムチャンによって遮られた。

「ああーー、もうせっ……かく……、寝てたのに……」

そう言って大きくため息をついた後、両手を胸の前で組み直し、いくらかまばたきをした。すると、そのままヒムチャンは目を閉じてしまった。

眉間にしわが寄った。

俺の頭はクエスチョンマークで埋め尽くされていた。
こいつは、何故、こんな所で寝ているんだ。そして、何故、また寝ようとしているんだ。

「おい、」

取り敢えず体を叩いた。しかしうめき声を上げるばかりで目を開けようとはしなかった。

このまま寝ていたらだめだ、とは思わないのだろうか。こんなに寒い外で眠ろうなんて、酔っ払いかホームレスくらいしかいないだろ。
馬鹿だ馬鹿だとは思っていたけれど、ここまで馬鹿だったのだろうか。
そんなことはないだろうとは思うけれども、万が一の事だって考えられる。

「酒飲んだのか?」

と俺が聞くと、ヒムチャンはゆっくりと首を振った。
けれどもあいまいすぎてイエスかノーかわからなかった。
苛立ちを感じながらも体を揺すり再度問いつめたところ、小さな声で「すこし……」とだけ呟いた。

その返答に小さく舌打ちをする。

「お前、酒癖悪りいな」

デビューしてからまだ長くはないが、だいたいはお互いを知っていたはずだったが、こんなヒムチャンを見るのは初めてのことだ。

ストレス解消にちょっと屋上に来たのに、とんだモノに遭遇してしまった。
しかし、いつの間にか俺の感じていたもやもやとしたモノは消えてしまったようだ。絶対、こいつのせいだ。

「なんでこんなとこで寝てんだよ。」

と、問いかけてみるも答えはなかった。

むかむかして頬を少し叩いてみたが、眉をしかめるだけで変化はなかった。

「無視すんな、こら、おい」

しかし、無視された。

このまま問答を繰り返したところで、この男は無視を決めるだろう。


そう考えた俺は、仕方なく、ヒムチャンをどうにかして宿舎へと運ぶことに決めた。
思わず、うつむいて嘆息をついた。

「はあ……酒もほどほどにしろよ……。とにかく。このまま居たらお前、死ぬから。黙って俺の肩乗れ」

胸元で組まれていた手を崩し、力づくで引っ張ろうとする。だが、ヒムチャンが手を払って拒む。

「やめろよ……。ちゃんと、死ぬ前に帰るし」

俺、もう酔ってないし、と時間をかけて起き上がりあぐらをかいた。そして俺に背を向けてしまった。月明かりに影が伸びる。
酔っ払いのような様子は見られないし、本当に酔いは無いみたいだ。

「あっそ」

しかしヒムチャンは起き上がった後もぼーっと空を見つめていた。いつもの、馬鹿に明るいおちゃらけた雰囲気とは違い、窮屈そうな顔をしていた。

凍るような風が吹きつける。鼻の先の感覚はもはや無くなってしまった気がする。

ああ、こんな寒さでもなお、外にいられる神経がわからない。

五分や十分、寒空の下にいたくらいであんなにも身体は冷えない。

俺たちが夜宿舎に帰って来てからご飯を一緒に食べた後、確か、ヒムチャンは一番にシャワーを浴びた。デヒョン、ヨンジェ、ジョンオプ、最後に俺。

疲れが溜まったメンバーたちはいつもすぐに寝てしまうから、抜け出すのは簡単だっただろう。
俺は作詞に夢中で、ヒムチャンが出ていったことすら気づかなかった。
そんな自分に少し嫌気なようなものを感じた。

ぱん、と手を叩き、立ち上がった。響いた音はとても乾いていた。

「本当に帰って来いよヒムチャン、死ぬから」

「……んー。」

ヒムチャンは振り返ることなく手だけ振った。
俺は軽く笑う。

「酔ってないなら、どうしてそんなふぬけた動きをすんだよ」

「まったく、天下のキムヒムチャンだって、息抜きが必要なんだぞー?」

いつものおどけ。ヒムチャンが肩を揺らして笑った。

だけど何故か、何か、心に引っかかった。

不審に思った俺はこっそり近づいて、ヒムチャンの顔を覗き込んだ。

「!」




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