『そんなこと、ないよ』




パチッ


「………………、」



目が覚めた。
まるで、意識だけがどこかに行っていて、それが急に戻ってきたかの様な感覚。
夢でも見ていたんだろうか。
いつも、寝食共に過ごしている自室のはずなのに何故だか長い間、別の場所で生活していた気がする。
しかし、いくら記憶を探ってみても何も思い出せなかった。



「……右京?どうした、もう朝か?」



あくびを漏らし、眠たそうに目を擦っているのは双子の兄である左京で、何故だか僕の布団の中で寝ていて、しかも腕はしっかりと僕の腰を掴んでいる。



「左京、ここで寝てたのバレたら怒られるよ」


「いーよ、どうせアイツら言い返す事なんか出来ないだろーし」


「…腕、離して。これじゃ顔も洗えない」



今だに腰に巻きついている腕を掴んで離すように言うと、顔を歪ませて渋々という感じで腕を退かしてくれた。
左京が言った「アイツら」とは僕らの両親の事。しかし、次期頭首である左京には両親という認識はない。それというのも僕らの様な家はいわゆる妖怪や幽霊などの裏の世界を相手にしている一族である。始祖の魂を持った人間を頭首とするのが昔からの習わしで、前世の記憶はないものの、彼らには家族などの概念は持ち合わせていないらしい。



「なー、こんな狭い部屋にいないで俺の部屋に来いよその方がベッドだって広いしさ!」


「この部屋だって一般家庭の部屋より充分広いよ。それに僕なんかの存在と同じ部屋なんてダメだよ」


「"忌み子"のことか?あんなの上のクソジジィ共が自分達が殺されない為に使ってる古い風習だろ」

「……違うよ、本当の事だよ」


「実際、身体能力が桁違いに高くて目の色が違うだけだ」


「そんなこと、ないよ」



否定はするが、左京がここで自分の考えを折ることをしないのはもう承知済みだ。髪をさっと結い、制服に着替える。



「じゃ、僕学校行くから」


「…せっかく女なのに男物の制服か、残念だ」


「左京だって男なのに女子制服でしょ」


「それを言うな!!俺が辛いんだ…」


「…じゃ、行ってきまーす」





ぎゃーぎゃーと喚いている左京を無視して家を出る。どうでもいいが、取りあえず左京は先にはだけた寝巻をどうにかしたほうがいいと思う。まあ、言わないけど。



「よっ、右京」

「おはよー右京」


「おはよう。竹谷くん、勘ちゃん」


下足ロッカーから靴を取り出しつつ、課題をやったかだとか昨日の小テストの出来だとかたわいのない話をした。
すれ違う女の子達に挨拶されたり、先生に頼まれてノートを運んだりと毎日と同じ風景。
…な、はずなんだけどなぁ。なんだろうこの違和感…、



「よー、今日は三人で仲良く登校か?」


「あー!三郎てめぇ、昨日俺の鞄に何入れてくれてんだよ!お陰でめちゃくちゃ焦ったじゃねーか!」


「私からのプレゼントだ」


「いらねーっての!!」


「おはよう右京」


「おはよう雷蔵くん」



今にも喧嘩が始まりだしそうな様子に一切気にする事なく、雷蔵くんはここの解き方が解らないんだーと、ノートを出してきた。
これなら昨日授業でやった。


「……ここにこの公式を入れて、」


「あー、そっかこっちの公式でよかったんだ」





どうやら彼の中の疑問は消え去った様だ。シャーペンをペンケースに戻しつつ、未だ違和感の拭い切れない彼らを観察した。
うーん…、なんかこうすごく特徴的な何かがないような…、



「あっ、わかった。みんな髪切った?」


「は?何言ってんだお前、」


ふむ、違ったか。
だとしたら何に対して違和感を感じているんだろうか。こう…もっと根本的な…、



「そういえば食堂のおばちゃんにお使い頼まれてたんだった」



確かおいしい野菜と、兵庫水軍さんにお魚を分けてもわらうんだっけ。今日はたしか富松くん達と行くんだっけ?楽しみだなあ。



「お前、何言ってんだよ」


「うちの学校、食堂ないだろ?」


「えっ、」



三郎くんも竹谷くんも嘘はついていない。じゃあ、記憶にあるこのおばちゃんは?いつも「おのこしは許しまへんでえええ!!」って叫んでるおばちゃんはどこへ消えた?





「あーあ、今日も退屈なぐらい平和だなー」





平和?



その単語を聞いた途端疼きだす脇腹。
思わず手を当てればべっとりと付いた、血。
いつの間にか教室は消え、目の前には顔が真っ黒に塗り潰された竹谷くんだけがそこに立っていた。




『なあ、辛いのはもう嫌だろ?』





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