「酷いです水影様。嘲笑した挙句、また鉤棒でぶっ叩くなんて」


これ以上私の脳細胞を壊さないでくださいと、何やらおかしな発言をする六に、やぐらは出されたお茶を啜りながら軽蔑の眼差しを向けた。
六は丁度、用意した水饅頭をつついていたので、やぐらのジト目を見ることはなかったが。しかし何やらブツブツと呟いている。


「それにいきなりやって来るなんて……」

「それくらいいいだろう」

「私にも心の準備ってのがあるんです」


ムスッと頬を膨らませる六は、水饅頭を掴むと口の中へ放り込んだ。リスの様に頬張る六を見たやぐらは、彼女が本当に自分より年上なのか本気で考えた。

確かに、六は黙っていたり働いている時は、実年齢よりはるかに大人っぽい。いや、そもそも何歳なのかわからないので本末転倒なのだが。おそらく、花盛りな年頃なのだろう。


「やぐらちゃんだって私がいきなり窓ぶち破って突撃訪問したら困るでしょ」

「当たり前だろ。困らない方が可笑しい。あと水影と呼べと」

「プライベートなんだからお固いこと言わないでよやぐらちゃん」


また名前呼びになっていることに対して、やぐらはもう突っ込まないことにした。小さくため息を吐いて、水饅頭を一口、口に含んだ。


「串丸さん、串丸さんも食べてください。これ、水の国で一番と評判されてる老舗店の水饅頭なんですよ!」


ずいずいっと長刀の七人衆に勧めるが、彼からは何か困ったような雰囲気が漂っている。
成る程、六はすぐ次の作戦に出たようだ。行動が速いことは日常生活でも同じらしい。二人のやり取りを見ながら、やぐらは優雅に少なくなったお茶を啜った。


六は長刀の七人衆を見るといつもその面を剥がそうと、奇襲を仕掛けている。しかし彼女にはポリシーというものがあるらしい。奇襲は一日一回まで。もし成功しなければ、次の奇襲は夜が明けてから、というなんとも謎ルール。というか奇襲を掛けられる時点で既に面倒だというのに。なんとも微妙な気遣いだ。

コトリと湯のみを置いて、やぐらは長刀の七人衆に深く同情した。お前も厄介な奴に懐かれたなと。
長刀の七人衆はやぐらの顔をちらりと見やる。面で表情は分からないが、明らかに"どうにかしてくれ"と訴えている。が、やぐらは非情にも、長刀の七人衆から目を逸らした。なんせ、自分が可愛い。つまり、厄介事に巻き込まれるのは御免だと。


長刀の七人衆はやぐらのそれを理解したようで、何やら哀愁漂っている。

しかし、何か思いついたのか、六の頭にぽんっと手を置いた。


「串丸さん?……ハッ!もしかして、やっとそのお面を取ってくれる気になったんですね!?」


身を乗り出して、キラキラと期待の眼差しを向ける六の問いに、長刀の七人衆は首を横に振った。すると、六の眉はハの字に下がり、ガックリと肩を落とした。

見るからに落胆している彼女を見て、長刀の七人衆は、長い指を六の頬に添えた。


「串丸さん……?」


キョトンと顔を上げた六に、長刀の七人衆は自分の水饅頭を差し出す。頬に添えていた指を六の唇へ持っていくと、それが何なのか理解した彼女は、先程よりも更に瞳を輝かせた。


「く、串丸さんから……"あーん"を……!わ、私は……!」

「気持ち悪いぞ六」

「うるさいやぐらちゃん!好きな女の子から"あーん"なんてされたこと無いくせに!」

「なっ!オ、オレはそんなガキじゃねぇしィ!」

「ほーら見てご覧なさい!ていうか、ガキでも好きな人から"あーん"とかされたら嬉しいに決まってんでしょうが!」

「っ!……六、お前……後で覚えてろよ……」

「はいはい、お子ちゃまは黙ってなさい。さあ、串丸さん!」


怨念がましく歯軋りをするやぐらを尻目に、六は長刀の七人衆へ向き直った。

彼は既に目をつむり、至極嬉しそうな顔をしている六の口へ、水饅頭を入れてやった。やはりそれも一口だった六は、相変わらずリスのように頬張る。


「……すっごい幸せ」


若干顔を赤らめてうっとりと咀嚼する六へ、やぐらは忌々し気に声をかけた。


「そういえばだな、六。今日はお前に伝えることがあって来た」

「伝えること?何それ」


六は未だ、心ここにあらずといった様子である。
やぐらは一拍置き、水影としての顔で、静かに言い放った。


「お前に任務を言い渡す」


しかし六は、上の空か。幸せそうに水饅頭を頬張っていた。



2016/05/23 改訂




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