サソリが店にやって来てから一晩が経った。
翌朝、開店前の掃除をしながら六は昨日言われたことを呟いた。
「"また来る"、か……どうも意味深だな。あの笑みが尚更」
窓を拭いていた手を止め、六は物憂げに、霞がかった森を眺めていた。
「それにあの人……赤砂のサソリって言ってた」
赤砂のサソリーー少しだけ耳にしたことがある。確か、砂隠れ傀儡部隊の天才造形師。噂によれば、人傀儡なるものを造れる唯一の人間だと。
しかし、彼が里を抜けたのは私が産まれて間もない頃の筈。見た目は15〜16だったから……成る程、自分自身を傀儡にしたのかもしれない。
「ていうかあの人、S級犯罪者だよね?……なかなか厄介な人に目付けられた」
ふっと小さくため息を吐いたのと同時に、ドアの鈴がちりんと店内に響いた。六は鈴の音に眉を顰め、振り返った。
「すみません、お店は10時に開店ですので、また後ほ、ど……えっ?」
振り返った六は、文字通り言葉を失い、手にしていた雑巾はぱさりと落ちた。
ぽかんと阿保らしく口を開けている六を見て、二人のうちの一人が小さく笑った。
「随分と間抜けな顔をしている。水鏡で見てみるか?」
「あ、……やぐらちゃ」
瞬間、鈍い音が聞こえたかと思うと、六の頭に鉤棒が直撃していた。鉤針の方でなかったのが、四代目水影やぐらのせめてもの慈悲と情けであろうか。でなければ、六の頭からは今頃、血が噴き出していただろう。
「水影と呼べ、水影と」
「痛いよやぐらちゃ、ごほん水影様!」
「喧嘩を売っているのか、六」
「うわああ鉤針向けないで!助けて串丸さん!」
若干殺気を放っているやぐらに腰が引ける六は、入り口にいる長身の七人衆に助けを求める。が、間髪入れずにやぐらが声をかけた。
「串丸、この馬鹿に手を貸す必要は無いぞ」
「水影様に無くても私にはあるんです!ねっ、串丸さん!」
「お前、馬鹿は否定しないのか」
さっと移動し、七人衆の手を握って懇願する六だったが、彼は空いているもう片方の手をぽんっと六の頭に乗せ、首を横に振った。
長刀の七人衆による無言の否定で、六は文字通り凍りつく。その横でやぐらは笑みを浮かべたまま、静かに鉤棒を構えるのだった。
2016/05/23 改訂